『十八の夏』



緒言
 第55回日本推理作家協会賞の短編部門を受賞した作品。表題作を含む全4編からなる短編集です。それぞれの作品は「朝顔」、「金木犀」、「ヘリオトロープ」、「夾竹桃」の花がアクセントとなっています。

ISBN 4-575-23447-8 C-CODE 0093
出版社 双葉社 価格 \1,600
ページ数 269ページ 発行年月 2002年8月

ISBN 4-575-50947-7 C-CODE 0193
出版社 双葉文庫 価格 \571
ページ数 323ページ 発行年月 2004年6月


「十八の夏」
主要人物
三浦真也、蘇芳紅美子(スオウクミコ)
ストーリィ(略)
 三浦真也は4月から予備校に通う浪人生。編集者の父、更年期障害を迎えた母、出産を控え実家に戻って来た姉と4人で暮らしています。川縁の土手に桜の花が咲き乱れる季節、彼は桜並木をスケッチをしている神秘的な女性、蘇芳紅久美子と出会います。彼女はフリーのデザイナ。そんな彼女が住んでいるのは松籟荘(ショウライソウ)と云う名のボロボロアパート。彼女の部屋には4鉢の朝顔が植えられていました。
感想
 光原せんせと云ったら「桜」ってイメェジが強いのですが、このお話も桜から始まり、とても安心感を持って臨むことが出来ました。ところが読み進める程これまでとは異なる印象を受けたのです。人物に関する表現(内面外面とも)が非常にシャープ。「素直で平易な文章表現」の作家さんと云う印象だったのでちょっと意外でした。沢山の要素が詰まった作品ですが、ナカナカ本格してますね。一番のお気りは複線です。「こんなに早くから」、「こんなに露骨に」、「でも簡単には気付かないよ〜」って感じに埋め込まれていた一文があるのです。それが本当に絶妙でした。その複線から解きほぐされる背景がすっきりと完結されています。そして全てをまとめる最後の一文。最高ですね!(一行空いているのが特にミソ) 非常に高い水準で纏められた、完成度の高い作品です。


「ささやかな奇跡」
主要人物
水島高志、水島太郎、佐倉明日香、大家さん、藤村美佐江、藤村典子、麗美
ストーリィ(略)
 妻に先立たれた水島高志は息子の太郎と二人暮らし。義父母の住む関西地方に移り住んだ彼は書店に勤務する35歳の主任さん。職場近くにあるこぢんまりした本屋さん「さくら書店」を切り盛りしている女性、佐倉明日香と出会います。水島親子の住むアパートの大家さん、金棒曳きの義母美佐江、義妹の典子、書店アルバイトの麗美ら、周囲の存在が綺麗に絡み合いながら、ストーリィは収束していきます。
感想
 収録された4作品の中では最も光原せんせらしい雰囲気を持った優しい作品。私はこれが一番好きです! 花(金木犀)も効果的に利いていますしね。登場人物の台詞がとても深くて眉が白いのです。大家さんの一言なんて特にサイコ〜。息子の太郎もよくできた子です(しみじみ) ところで「金棒曳き」なる言葉、私知りませんでした。で、辞書で調べてみると、「人の噂をあちこち話して歩く人のこと」とありました。へ〜。登場人物の魅力が最大限に活かされている作品ですが、またまた最後の一文が素晴らしいですね! 1本の映画を見終わった後みたいな雰囲気が残ります。確か『プライベート・ライアン』とかがこんな感じに台詞を利かせていませんでしたっけ?


「兄貴の純情」
主要人物
近江洋二、近江涛一(トウイチ)、前島典介、前島美枝子
ストーリィ(略)
 劇団に所属している役者志望の兄貴、こと近江涛一は不器用を絵に描いた様な好人物。弟洋二の恩師である前島先生(典介)一家に出会った彼は美枝子さんに一目惚れ。相当ぶっとんだ性格をしている兄貴が起こすドタバタ劇に気を揉む弟ですが…。
感想
 可成り強烈です。何がって兄貴の性格が。もうその一言に尽きるでしょう!トリックと云うか、オチと云うか…一応あるのですが簡単明瞭。最初の2〜3ページを読んだら想像が付いてしまいました。が、それはあんまり関係ないですね。ハチャメチャな兄貴と、冷静な弟のやりとりを楽しめる(楽しむための?)作品だと思います。兄貴の一世一代の名演技は良いですね〜。あとがきを読むと、光原せんせ、随分兄貴を気に入っちゃってる様で…本当にまた登場することがあるのでしょうか。ところで、忘れちゃならないヘリオトロープ、説明がステキですね〜。


「イノセント・デイズ」
主要人物
栂野浩介(トガノコウスケ)、栂野志保、相田史香、浜岡崇
ストーリィ(略)
 栂野浩介は義父の経営するあさひ塾で講師をしています。あさひ塾は妻の志保や義母も手伝う家内工業製。ある日、浩介は塾の卒業生である相田史香に出会います。彼女は母と義父を食中毒で亡くしただけでなく、義兄の浜岡崇までも最近オートバイの事故で死んだことを彼に告げます。事件の背景にあるものは…
感想
 夾竹桃。ミステリィではスズランと並ぶ程メジャーな植物ですね。これを一体どの様に扱うのか。そこに注目して読みました。ストーリィは相当重く、沢山の人が死ぬのも可成り意外でした。「光原せんせの本を読んでるにしては気が沈んでいくなぁ…」と思っていたのですが、流石! 夾竹桃を見事に利かせて沈んだ気持ちを感動へと逆転させてくれるのです。あんなシーンを生み出してくれるからこそ、光原せんせ。やっぱり大好きです!


『十八の夏』
 トータルで見ると、「手抜きのない良質の短編集」だと思います。その中で「兄貴の純情」はちょっと雰囲気が異なるため、別の作品に収録しても良かったかな…と思ったりもします。兄貴だけの短編集を作るとか…。
 それにしても光原せんせはポニーテールが好きですね〜。主人公の女の子と云ったらポニーテールにしたくなっちゃうんでしょうか? 単純に魅力を感じる固有名詞なので良いんですけど。相当好きなんだろうなぁ…と思っちゃいました。
 4作品全体を通して言えることですが、素晴らしい「家族」が登場してますね。それぞれ形は違えど「愛」で繋がっている家族。「花」だけじゃなく「家族」もこの作品のテーマだったのでしょうか。(この作品に限らないのかな?)
 意外性、結構感じました。私が光原作品に疎かっただけなのか、光原せんせの新たな挑戦による結果なのか。その辺は計りかねますが、今後の「可能性」を感じさせてくれたことは間違いありません。次は長編が読みたいなぁ…。



<yuri様のコメント>
 まさしくおっしゃるとおり、「家族」が大きなテーマになっています。書いていくうちに偶然そうなったのですが。そこのところを読みとっていただけて嬉しいです。

管理人のコメント
偶然…矢張りそれも才能なのでしょうか?



文庫版を読み終えて
 「十八の夏」、やはりこの作品はすごいと感じます。ミステリィとして見るならば、伏線の張り方がすごく良い。あんなに早く、あんなにこっそりと、且つあんなに堂々と。完成度の高さも抜群。短編ですが内容はぎっしりです。

 「ささやかな奇跡」、大好きです。私の感覚では全くミステリィではありません。でも、大好きです。優しさの中にも厳しさがコロコロ転がっている辺り、「らしいなぁ」と思います。

 「兄貴の純情」、読めば読むほど楽しい。初めて読んだ時は兄貴の言動がどうにも恥ずかしく「見てらんない」って感じもありましたが、今ではへいちゃら。次作はまだかな…。

 「イノセント・デイズ」、やっぱり夾竹桃ですね。その見せ方に脱帽。蛇足ですが…ぎっくり腰に笑えなくなっている自分に気付いたり…。


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