『最後の願い』



緒言
 2002年春〜2005年冬にかけて、ジャーロ(光文社)に掲載された作品をまとめた、劇団φシリーズの連作短編集です。いざ立ち上げ!

ISBN 4-334-92452-2 C-CODE 0093
出版社 光文社 価格 \1,800
ページ数 337ページ 発行年月 2005年2月


「花をちぎれないほど…」
主要人物
西根響子,御影麻衣,渡会恭平
ストーリィ(略)
 文芸サークル誌「カナリア」の十周年記念を祝うパーティが、サークルメンバ・御影響子の自宅で開催された。そのあまりに豪華なパーティに若干のひがみ心を疼かせる響子に近付いてきたのは、怪しげな魅力を持った青年だった。彼の名は度会恭平。どうやら劇団を作ろうとしている役者さんらしい。会もたけなわとなり、麻衣に花束を贈るサークルのメンバ。響子が度会と些細な事件を見るのは、それから間もなくのことだった。
感想
 響子の可愛い悪態ぶりから始まる展開は、とても庶民的な思考と雰囲気です。それを一気に覆す存在が度会恭平、劇団φの創設者です。この度会さん、とても魅力的であり、とても嫌なヤツでもある。この2面性こそが、読み手の心を引きつけて離さないのです。勿論、鋭敏な思考力を兼ね備えている。古今東西、名探偵って云うのはこんな感じですね。連作短編の先頭を切る作品として見ると、劇団φのことを巧く説明していると思います。なんと云っても、説明調な感じを全く受けないところはポイント高しです。


「彼女の求めるものは…」
主要人物
吉井史朗,渡会恭平,カザミ
ストーリィ(略)
 大学のテニスサークル仲間と飲みに来たシロちゃんこと、吉井史朗。几帳面でマメな性格から、自然と幹事役を任されるのが常。今日もせっせと動きます。彼らの話題は最近あった不思議な事件。個人情報を買い取る不思議な電話,一風変わったデート商法,そしてシロちゃん自身の体験も…。しかし当のシロちゃん、どうやら後ろに座っている二人組が気にかかる様です。
感想
 今回の主人公はとっても憎めないキャラクタ、シロちゃんです。ストーリィはシロちゃんの周りで起きたことを中心にサクサクと進んで行きますが、連作短編の2編目と云うところがポイントです。読者は既に、劇団φについての予備知識を持っています。だからこそ、より楽しい。一人だけ手品のネタを知っていて、皆が驚くのを見て楽しんでいる心境と似ています。上空から舞台を見ている様な感じと云っても良いですね。2編目にあることで、作品全体を活き活きとさせてくれた1編です。推理の方は、相当頑張ってまとめたなぁ、と云う印象を受けます。謎解きの時間をたっぷり楽しめます。


「最後の言葉は…」
主要人物
橘修伍,風見爽馬,小梶澪子
ストーリィ(略)
 世間から高い評価を得ている新進デザイナ・橘修伍。アポイントもなく彼のデザイン事務所を訪れたのは、如何にも怪しげな青年だった。どうやら劇団の舞台美術を依頼に来たらしい。しかしその報酬は…。呆れて物も云えない状況。そこへ新たな訪問者が現れる。訪問者は橘の高校時代の同級生・小梶澪子。橘のライヴァル小梶将の妻であり、恋心を抱いた相手でもあった。
感想
 収録された作品の中で、(ダントツで)最も気に入った作品です。人間の心を描いた作品で、色々な感情がとっても綺麗に、且つテンポ良く表現されています。タイトルも素晴らしく、極上のミステリィであることは間違いありません。風見爽馬の存在も作品の雰囲気を決定する上で、非常に重要だったのではないでしょうか。


「風船が割れたとき…」
主要人物
草薙遼子,度会恭平
ストーリィ(略)
 風邪をひいてどん底の状態から脱しつつあった遼子を訪れたのは、以前共演したことのある役者・度会恭平だった。二人の会話は、遼子が無意識のうちに吹いていた口笛がきっかけで、子供の頃の思い出へと進みます。田舎の小学校で迎えた遼子の初舞台。その後に起きた不思議な事件は一体何だったのか。
感想
 タイトルにもある通り、このストーリィの謎は「風船は何故割られたのか」です。しかし他の作品に比べるとミスディレクションが弱く、比較的容易に真実が浮かんできます。想像ですが、この作品では謎解きよりも、一人の女性にスポットを当て、その人生を描きたかったのではないでしょうか。ウェイトレスのアルバイト、六畳一間の部屋での暮らし、とんでもない食事。そんな女性が役者を目指すきっかけを描きあげ、そこに謎が添えられた。そんな印象です。


「写真に写ったものは…」
主要人物
風見爽馬,愛美,宮下有也
ストーリィ(略)
 劇団φ初公演に向け、洋館のことを調べる爽馬。訪れた洋館を管理していたのは、愛美と云う女性だった。建物を見学していた爽馬は、愛美から二十年前に起きた事件のことを聞く。愛美の姉メグミ、彼女たちの近所に住んでいた有也とその家族。彼らが巻き込まれた悲劇を、洋館は静かに見守っていた。
感想
 今度は一転、最もミステリィ色の強い作品です。洋館という舞台も一つのポイント。人間関係も一つのポイント。時間の流れも一つのポイント。それらのポイントが、事件という一本の線で繋がっています。読み応えはナンバーワンでしょう。推理や展開に無理はありませんが、何となくギリギリと云う印象を受けます。中編や長編くらいのヴォリュームで読んでみたい気もします。


「彼が求めたものは…」
主要人物
久二木亜夕実,結城雅春,小野寺尚司
ストーリィ(略)
 探偵者の調査員を名乗って結城雅春から話を聞こうとした亜夕実だが、現れたのは度会恭平と吉井史朗の二人だった。亜夕実は恋人だった尚司と死別し、尚司が最後に会った筈の不審な男の捜索を続けていた。一方、本物の結城雅春は過去の悪夢に悩まされていた。
感想
 とてもバランスの良い作品です。亜夕実の視点、雅春の視点。二人の人生が間接的に接触し、絡み合いながらストーリィも展開されています。しかし複雑とかややこしいと云った感じは受けません。それぞれの人生がしっかりと描かれ、それぞれの想いがしっかりと自己主張し、その上できちんと纏まっている。とても完成度の高い作品と云えるでしょう。


「…そして開幕」
主要人物
劇団φ関係者,劇団シャトレーゼ関係者,水無瀬卓也
ストーリィ(略)
 いよいよ開幕を迎えた劇団φ。「シアター・オセロ」にメンバが揃い、公演準備にドタバタ。「シアター・オセロ」はビルの地下にある小劇場。美しい女性の幽霊が出るらしいと聞いたメンバは、十年前に起きた劇団シャレードの事件を知る。
感想
 勢揃い。登場人物が多くて多くて目移りしそうです。視点は劇団φから一歩離れているため、登場人物の名前はほとんどカタカナ表記。漢字表記とは全く違った印象を受けます。一瞬「誰だろう?」と思っても、ちょっとした描写が「あ、あの人ね」と思わせてくれます。決して多くはないページ数の中に、これ程多くの人物をしっかりと組み入れたのは、本当に凄いことだと思います。


『最後の願い』
 連作短編集ですが、個々の作品の雰囲気は全く異なります。それぞれが、違う個性を主張して譲りません。その個性を「…そして開幕」で、しっかり一纏めと云うのが印象です。しかし、それぞれの作品は、決してバラバラではありません。「彼女の求めるものは…」や「彼が求めたものは…」は、特にその「つながり」が重要な作品。単独でも十分な読み応えの作品たちが、『最後の願い』と云う限られた空間にひしめき合っているかの様です。さてさて、続編が出るのはいつかな?(わくわく)


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