『遠い約束』



緒言
 <なんだいミステリ研>が登場する連作短編集。先輩3人の個性と桜子の純粋さが作品を賑やかで、明るい雰囲気にしています。

ISBN 4-488-43201-8 C-CODE 0193
出版社 創元推理文庫 価格 \560
ページ数 288ページ 発行年月 2001年3月


花残月【はなのこりづき】
主要人物
吉野桜子(私)
ストーリィ(略)
 浪速大学文学部に合格した桜子。彼女は掲示板でミステリ研のポスタを見付けます。
感想
 たった2ページ、されど2ページ。これから始まる物語の導入部。簡潔明瞭で且つ期待を持たせるシーンです。


天清和【てんせいわ】 消えた指環 (ミッシング・リング)
主要人物
吉野桜子・若尾俊・黒田大輔・清水和彦・香苗・朋美
ストーリィ(略)
 合宿を行うことになった<なんだいミステリ研>の4人。温泉地で同宿となったのは生物研究部の面々。そこで発生した指輪消失事件は風呂場全体が密室という魅力的なものでした。
感想
 <なんだいミステリ研>のメンバ紹介や雰囲気が上手く表現されています。題名からして「ニヤリ」ですよ。そして密室。喫茶店の名前もステキで、その表現も効果的。敢えて良くを云うなれば、ミッシングリンクも作中デカデカと起きてても良かったな…と思います。流石に其処まで行くのは無理があるかもしれませんが。


早苗月【さなえづき】 遠い約束T
主要人物
吉野桜子・若尾俊・黒田大輔・清水和彦・澤村源太郎・八束和樹
ストーリィ(略)
 桜子の大叔父にあたる源太郎。二人はミステリィの合作の約束をした仲。それは桜子がまだ小学生の頃のことです。時は流れ大叔父さんは亡くなりますが、一つの暗号を残してくれたのです。
感想
 登場人物が結構多いのですが、みんな特徴的。特に伯母さんの存在は作品全体で見ても重要だと思います。ちょっとクセのある人物がいることで、展開がスリリングになったりテンポが良くなったりしてます。桜子と大叔父さんの会話、幼い頃の会話、桜子が成長してからの会話、大叔父さんが亡くなってからの心の会話。どれも同じ調子の会話であり、且つ徐々に大人の会話になっている様が表現されています。ポイント高し。フラグを沢山残したまま次の作品へ…やるな、って感じです。 


白南風【しらはえ】 「無理」な事件 -関ミス連始末記-
主要人物
吉野桜子・若尾俊・黒田大輔・清水和彦・大槻忍
ストーリィ(略)
 作家の大槻忍をゲストに迎えた関西ミステリ連盟交流会。北摂大学ミステリ研究会と共に主催することになった桜子たち。ハプニングを起こして場を盛り上げようとします。
感想
 若尾・黒田・清水。3人の先輩は皆、高い洞察力を持っていることが分かるエピソード。その中でも黒田先輩の存在が重要です。おちゃらけた感じの人ですが、それはただ単に巫山戯ている訳ではない…かもしれない、ってことですね。桜子が推理についていけないのも良い感じ。不思議に思ったり、「?」が渦巻いている様がとっても可愛く表現されています。


風待月【かぜまちづき】 遠い約束U
主要人物
吉野桜子・清水和彦・秋庭弁護士
ストーリィ(略)
 遂に内容が明らかになる大叔父さんの遺言状。ちょっと変わったその内容の裏には大叔父さんの深い考えがありました。
感想
 名探偵、それはとても魅力的な言葉です。名探偵ではない、それは普通ならちょっと情けない言葉。でもそれが最大限にステキな言葉として光っています。これって凄いことですね。十一年前の指切りに意外性はありません。でも感動を呼ぶ。先の展開が読めるのに感動させる、それは何に起因しているのでしょうか。


夏見舞【なつみまい】 忘レナイデ……
主要人物
吉野桜子・若尾俊・黒田大輔・清水和彦・堀ノ窪尚子・遠藤達也
ストーリィ(略)
 桜子の友人、尚子の元に届いた妙な葉書。それは旧友、遠藤君が小学生の頃に出したものでした。何故今頃になって? 尚子は遠藤君の近況を調べます。
感想
 作中にネタバレぎりぎりすれすれ…ってところがありますが…まぁ気にしないと云うことで。清水先輩って本当に良い人ですね。若尾先輩も最後まで責任持たないと…。って、まぁ、その役割分担が良いんですけど。 「忘れないこと」、それはとても重いことです。云うは易く行うは難し。また、それは必ずしも正しくはないこと。それを分かった上で、相手のことをしっかりと考えた上での「忘れないこと」って台詞だったんですよね、きっと。そう信じてます。 


文披月【ふみひらづき】 遠い約束V
主要人物
吉野桜子・若尾俊・黒田大輔・清水和彦・秋庭弁護士
ストーリィ(略)
 3人の先輩に云われたとおり秋庭弁護士を呼ぶ桜子。一体何が始まるのか。大叔父さんの残した物は何だったのか。約束は守るために存在するのです。
感想
 3人の先輩が、それぞれ均等の役割をこなすバランスのとれた作品。推理が作品の大半を占めますが、「気持ち」を丁寧に表現しているためズンズン引き込まれます。ミステリィに限らず、ファンと云うものは同類を常に探したいものです。そんな相手に巡り会えた大叔父さんと桜子。二人の約束が現実となる日が早く来ると良いですね。ちょうど文披月ってのもステキです。


『遠い約束』
 連作短編集ですが、構成に妙があります。「遠い約束T〜V」が基本ストーリィ。そこに<なんだいミステリ研>のエピソードを挟み込んだ。単にそれだけなら意味がありません。しかし本作では挿入されたエピソード全てが意味を持ってきます。特に最後の「文披月」まで来ると、それが顕著となります。一話一話が完結し、さらに「遠い約束」と云う本筋をしっかりとサポートしている。結果として「遠い約束」が深い深い作品に仕上がります。起承転結もしっかりしていて、ストーリィや人物の魅力もある。相当完成度の高い作品と云えるでしょう。
 本作に不満は全くありませんが、ここから如何に飛躍していくかが難しいと思います。敢えて云うなら綺麗に纏まり過ぎいるのかな。少々バランスが崩れている方が、強い印象を残せるかもしれませんね。


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