マインド1(作家) 「西村 京太郎 考」


 西村京太郎。トラベルミステリィの第一人者。テレビの二時間サスペンスと非常に相性の良い作品を提供し続けています。

 『天使の傷痕』で第11回江戸川乱歩賞を受賞。『終着駅殺人事件』で第34回日本推理作家協会賞、長編部門を受賞。十津川警部シリーズは日本人なら誰でも知っていると云っても過言ではないと思います。

 初期は意欲的な作品が多いのが特徴。「名探偵シリーズ」は、メグレ警部,ポワロ,クイーン,明智小五郎を登場させた本格ミステリィ。東京都民全てを誘拐した『一千万人誘拐計画』、スパイ小説の隠れた名作『D機関情報』、時代小説の『無明剣走る』など、色々なジャンルに手を広げています。ノックスの十戒を意識した『殺しの双曲線』の様な作品もあります。この頃の十津川警部は『赤い帆船』を代表とする「海洋ミステリィ」に登場しています。

 やがて十津川警部は鉄道を使ったアリバイ事件に登場。それは西村京太郎の代名詞となっていきます。時刻表トリックとも呼ばれるこのジャンル。○時○分に△駅にいた私は犯行を遂げることなど出来ない。そう主張する犯人のトリックを打ち崩すのが流れです。西村京太郎の全盛期とも云えるこの時期(中期)の作品を簡単に分類してみます。

【ストレートな時刻表トリック】
 単純に電車を乗り継いだりして犯行を可能にした物。

【列車や駅などの特徴を活かしたトリック】
 特定の列車や駅などが持つ特徴をトリックに活かした物。

【誘拐物】
 身代金の受け渡しも列車や駅を利用した物。

 人気作家としての地位を完全に確立した西村京太郎。それを支えたのは十津川警部シリーズのアリバイ崩しでした。しかしこの時期に発表された『完全殺人』に登場した人物が興味深い発言をしています。「パソコンの進歩によりアリバイ物の作家は消えていく」。今でこそ当たり前と思われる台詞ですが、当時はまだインターネットなど影も形もない時代。自分を押し上げてくれたこのジャンルを、終生続けていくのは無理かもしれない。誰よりも早くそれを予期していたのは、西村京太郎自身だったのです。

 後期になると、アリバイトリックは完全に影を潜めます。十津川警部の登場する確率はほぼ100%。日本全国の事件解決に奔走します。旅情ミステリィの雰囲気に近付き、トリックは全く影を潜める様になりました。

 十津川警部の推理に注目します。十津川警部は常にカメさんこと亀井刑事と一緒。事件が起きると普通に捜査を開始しますが、行き詰まるのが常。そこでカメさんと二人で事件を考え直しながら会話を進めます。この会話がポイント。何故か二人が会話しながら推理を進めると、今まで見えなかったことが急に見えてくる。推理のキャッチボールをすることで、事件の味方を変えるのですが、冷静に読めば説得力は極めて乏しいことが多いのです。しかし、それを勢いで読者に納得させてしまうところに、西村京太郎の一番の魅力があると想います。

 十津川警部の階級や年齢など、作品間の矛盾点も、実は結構多いのです。でも、そんな細かいことは気にしない。テンポの良さ,するすると切り替わる展開の妙,ある程度固定されたパターンによる安心感。それが読者を引きつけて放さない。今も1,2を争う売り上げを誇っている理由は、その辺りにあるのではないでしょうか。

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