鮎川哲也




モーツァルトの子守歌
ストーリィ
三番館シリーズの最終巻。私立探偵の「私」。事件を運ぶは太った弁護士。謎を解くのは名前も知らないバーテンさんです。

 「クライン氏の肖像」:クライン氏のレコードを聞くパーティで消えた絵
 「ジャスミンの匂う部屋」:死体がクシャミした?!
 「写楽昇天」:如何にして美術館から絵は盗まれたのか
 「人形の館」:簡単な調査依頼の裏には常に何かが潜むもの
 「死にゆく者の……」:作家が殺されロシア語のダイイングメッセージが…
 「風見氏の受難」:エレベータから消えた犯人
 「モーツァルトの子守歌」:割れたレコードの謎
感想
これでこのシリーズも終わりかと思うとどうしても淋しい。鮎川哲也と云う作家は硬派な作品ばかり書くと思っていた私。その先入観を見事に、そして良い方に裏切ってくれた、大好きなシリーズです。ハードボイルドなりそこないの様な探偵の私。そこにちょっとクセのある弁護士が依頼を持ち込み、やがてバーテンさんの出番です。でも「私」だって、頑張ってます。「ジャスミンの匂う部屋」とかがよい例。結構キレ者だと思います…が、上には上がいると。名前も知らないバーテンさん。何から何まで謎のまま。そしてシリーズは永遠に。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



五つの時計
ストーリィ
鮎川哲也初期作品を集めた短編集です。鬼貫警部・星影龍三が登場します。

 「五つの時計」:鬼貫,アリバイ崩しに5つの時計が立ちはだかる
 「白い密室」:星影,教授が殺された現場を訪れた女が出会ったアルコール臭の男
 「早春に死す」:鬼貫,女性とのダンスに遅れた男が殺された
 「愛に朽ちなん」:鬼貫,高級机が入っているはずだったのに…
 「道化師の檻」:星影,芸能記者がジャズバンドの取材に訪れた時、事件が発生
 「薔薇荘殺人事件」:星影,鮎川・問題編→鮎川・解決編→花森安治・解決編
 「二ノ宮心中」:鬼貫,列車と心中と睡眠薬…そしてアリバイ
 「悪魔はここに」:星影,還暦祝いが殺人事件に
 「不完全犯罪」:鉄道に詳しい作者ならではの作品
 「急行出雲」:鬼貫、載ったはずの車両に目撃者がいない
感想
どれも純然たる本格ミステリィ。一作一作に力強いトリックが潜んでいます。常に聞かれる「トリックは尽きた」、それは間違いであることが分かります。トリックは無限なのでしょう。どの作品もとても高い水準です。星影龍三作品は本作で初めて読みましたが、推理の鋭さ、雰囲気、そしてちょっと毒のあるところも含め、とても名探偵らしい人物です。一風変わった作品が「薔薇荘殺人事件」です。鮎川・問題編の最後で「犯人は誰だ?!」となり、著者自身の解決編と、花村安治氏の解決編(問題編から推理した)が載せられています。こういう企画、現代でも積極的に行って欲しいと思います。著者の意図,手がかりを、どの様に解釈し解決とするのか。思考の過程は実に興味深いものがあります。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



下り“はつかり”
ストーリィ
鬼貫警部・星影龍三作品を含む短編集です。

 「地虫」:一人の女性に恋した男と百合の花
 「赤い密室」:星影,解剖室で発見されたバラバラ死体
 「碑文谷事件」:鬼貫,東京−鹿児島を行く“きりしま”のアリバイ
 「達也が嗤う」:背に腹は返られない
 「絵のない絵本」:月がぼくに聴かせた話
 「誰の死体か」:鬼貫,複数の知人に対し自分名義の危険な荷物が届いた
 「他殺にしてくれ」:夫が殺された証拠を見付けて欲しいという依頼が
 「金魚の寝言」:同期の出世頭が殺された証拠を挙げろと云う会社の命令
 「暗い河」:女性美術家を恐喝した男が殺される
 「下り“はつかり”」:鬼貫,アリバイを証明する一枚の写真
 「死が二人を別つまで」:年老いた男女が老人ホームで結婚する
感想
シリーズ作品ではできない試みがあります。そんな作品が多く収録された短編集。「地虫」は自殺を考え睡眠薬を飲んだ男性のその後を描いた不思議でロマンティックな作品。ミステリィと云う雰囲気ではありません。犯人当てゲームの「達也が嗤う」は、挑戦的な作者の意識が伺えます。「誰の死体か」は分かりやすく複雑な謎が提示されて秀逸です。「他殺にしてくれ」もシリーズでないからこそ面白くなる作品。痛快です! 無論鬼貫警部や星影龍三の活躍も見逃せませんが、ノンシリーズの面白さを感じることの出来る一冊だと思います。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



死者を笞打て
ストーリィ
推理作家・鮎川哲也の作品「死者を笞打て」は盗作だ! 批評家に指摘を受け、世間や作家からの蔑視を受ける鮎川氏。しかし、10年前、石本峯子により発表された作品こそ盗作である、と主張。編集者の大久保の助けを借り、石本峯子の行方を調べ始める。
感想
多くの作家さんが登場します。どこかで聞いたことのあるお名前がちらほら。一文字二文字手を加えた名前になっているので、誰だか考えながら読むのが楽しい作品です。窮地に陥った作家・鮎川哲也。作家と云う職業、批判の目にさらされる心情、そして遊び心。色々な要素がつまったユーモラスな作品です。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



裸で転がる
ストーリィ
昭和38〜39年発表の短編を集めた作品。

 「死に急ぐもの」:愛妻家の社長が崖から車で転落
 「笹島局九九〇九番」:失業者が見付けた死体は名古屋と関係があるらしい
 「女優の鼻」:失踪した女優が首切り死体となって発見された
 「裸で転がる」:どこか陰気な男が、飲み屋からの帰り、車にはねられる
 「わるい風」:歯科診療所に偶然現れた男は…
 「南の旅 北の旅」:貿易会社の副社長が、九州へ行ったまま消息を絶つ
 「虚ろな情事」:課長が警察に捕まってしまう
 「暗い穽」:私立探偵が情事をネタに強請をかけてくる
感想
比較的短い短編が集まってますが、短い物ほど切れ味鋭く感じて良な感じです。「女優の鼻」は、ハウダニットの傑作。この短編集の中では一番すっきりできました。「わるい風」は、ちょっと毒があり、そこが良。とても短い作品ですが、物足りなさはありません。「虚ろな情事」は、全体の雰囲気が良。「暗い穽」は、とても多いパターンの作品ですが、バリエーションが豊富ですね。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



死が二人を別つまで
ストーリィ
昭和39〜41年発表の短編を集めた作品。

 「汚点」:かんばんを過ぎたバー「愛子」の外で殺されていた男
 「蹉跌」:周囲には会社員と触れ回っていた男は乞食をしていた
 「霧笛」:船上で起きた殺人事件は、捜索メモに従って進行した
 「鴉」:二羽の鴉が破ったアリバイ工作
 「Nホテル・六〇六号室」:鯉川哲也先生が考えた25枚の短編とEの文字
 「伝説の漁村・雲見奇談」:婚約者の兄にかかった殺人容疑を調べる
 「プラスチックの塔」:文学部助教授が洋書の一頁を片手に殺されていた
 「死が二人を別つまで」:年老いた男女が老人ホームで結婚する
 「晴れのち雨天」:以前、株券詐欺をした仲間にまとわりつかれた男
 「赤い靴下」:無精子症だった男に子供が出来た
感想
知られたくない秘密や過去を知られ、揺すられ、反撃する。アリバイ工作をするものの、ちょっとしたことから崩壊。そんな作品が幾つか収録されています。流れは同じですが、雰囲気は全然違う。見せ方を変えるだけで、印象は大きく異なることが分かります。表題作の「死が二人を別つまで」は別の短編集にも収録されている作品ですが、巧いトリックです。「赤い靴下」は主人公の心情が印象的。現代の医学なら、この様な事件も起こらなかったでしょうし、作品も生まれなかったと思うと不思議な感じがします。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



金貨の首飾りをした女
ストーリィ
昭和41〜42年発表の短編を集めた作品。

 「井上教授の殺人計画」:妻の浮気を知った井上の行動
 「扉を叩く」:別れた女にまとわりつく男は、昔の写真を持っていた
 「非常口」:女と遊ぶ時に非常口を用意しなかった男は…
 「ブロンズの死者」:文学賞を受賞した作品は盗作だったのか?
 「北の女」:東京に戻るため、スクープを追いかける
 「金貨の首飾りをした女」:“いとこなんて他人も同然”の真意とは
 「夜を創る」:担当作家に脅迫される編集者
 「夜の散歩者」:盲目の男と、片手の男
感想
表題作「金貨の首飾りをした女」は鬼貫警部が登場する純粋な本格物。しっかりとした良作ですが、気に入ったのは「井上教授の殺人計画」や「扉を叩く」などの倒叙述作品でした。鮎川氏は本格だけでなく、倒叙も天下一品。短編の良さを存分に味わうことができます。如何にして犯行が明らかとなるのか。倒叙の面白さが、軽すぎもせず、堅苦しくもなく、そんな絶妙のバランスで仕上げられています。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



呼びとめる女
ストーリィ
昭和42〜43年発表の短編を集めた作品。

 「下着泥棒」:下着泥棒を発見した男が下着泥棒と間違えられる
 「夜の訪問者」:ホステス殺しの容疑者が交通事故で死亡した
 「霧の夜」:テレビタレントの多忙なマネージャがとった長期休暇
 「月形半平の死」:漫画家の卵同士のカップルに差が付き始め…
 「或る誤算」:妻の死は友人に貞操を奪われたことだった
 「偽りの過去」:今や有名な作家となった男の過去に潜む犯罪の影
 「牝の罠」:妻が交通事故を起こして失踪した
 「呼びとめる女」:オールドミスに万引きの現場を写真に撮られ、恐喝される
感想
このころの鮎川氏は倒叙作品に対し、特に力を入れていたのではないでしょうか。良作で溢れています。「霧の夜」は構成がしっかりとした作品。とてもまとまった印象を受けました。「月形半平の死」は事件までの持って行き方が、他の作品に比べて面白い。「呼びとめる女」は泥沼感が巧く表現されていました。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



囁く唇
ストーリィ
昭和43年発表の短編を集めた作品。

 「囁く唇」:恋人の使う口紅は一本二万円もする高価な物だった
 「背徳のはて」:放送作家の師匠に身体を要求され続けた男が、女性と結婚を…
 「蟻」:翻訳の仕事で豪勢な暮らしをしていた男の転落と犯罪
 「黒い版画」:弱みを握られた職場の醜女に結婚を迫られる
 「かみきり虫」:水虫を治すため、辺鄙な温泉へと向かうが…
 「墓穴」:浮気が夫に気付かれそうになった妻はしらを切り続ける
 「逆さの眼」:大学教授の妻は、セールスマンと密かな逢瀬を楽しんでいた
感想
表題作の「囁く唇」は名作です! 短編の良さを、これ以上ないくらい表現した作品です。題名も秀逸です。「黒い版画」は、底なし沼に嵌った男の窮状振り、足掻く姿が事件へスムースに結びついています。「墓穴」では浮気した妻の開き直りから、夫を巧く迷わせ続ける。その様子が良。「逆さの眼」はオチが良いです。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る



透明人間大パーティ
ストーリィ
色々な「透明人間」を集めた作品です。

 「透明の人間」(槙尾栄)・「赤外線男」(海野十三)・「白蛾」(香山滋)・「Mr. とうめい(まんが)」(モンキー・パンチ)・「高天原の犯罪」(天城一)・「透明願望」(草野唯雄)・「傍のあいつ」(手塚治虫)・「透明人間がやってきた」(都筑道夫)・「見えない手の殺人」(赤川次郎)・「見えない敵」(横田順彌)・「透明の恐怖(エッセイ)」(江戸川乱歩)
感想
透明人間のお話ばかりですが、種類は多岐に渡っています。如何にバリエーションが豊富か。根本的に透明人間と云う者を容易に受け入れる派と、受け入れない派に別れるようです。「透明の人間」は透明人間を扱った作品の中でもピカイチ。特に理論的なところが良い感じです。また横田順彌の「見えない敵」は設定がとても面白い。シリーズ物の1作(1/10)の様ですが、他の作品も気になるところです。
鮎川哲也リストへ   感想へ戻る