その日は街が闇に覆われるのが早かった。午後4時。通っている高校からの帰宅途中、 俺は街の外れにある小さな本屋で雨をやり過ごそうと考えていたが、シャッターが降りて いて入ることができなかった。臨時休業の張り紙が目につく。シャツの染みが次第に広が っていく。シャッターの前には屋根が無く、雨を防ぐ事ができない。俺は仕方なく近くの 公園に向かった。  この街は本当に田舎だ。外れともなると、民家以外は本屋と駄菓子屋が一軒ずつぐらい しかない。コンビニぐらいはあってもいいと思うのだが・・・。それが原因なのか雨が降 っているからなのか、さっきから人を見かけない。寂しい街だ。  公園についた俺は、小さな屋根のあるベンチに座った。 「やむまで待つか。」 ベンチに寝転がり目を閉じる。雨はやむどころか勢いを増している。やることも無く雨の 音に耳を澄ましていると、かすかに泣き声が聞こえてくる。起き上がって周りを見回して みると、公園の入り口の辺りで立ち止まって泣いている少女が目に入った。俺は少女の所 まで駆け寄り、手を引いてベンチに招いてやった。 「どうしたの?」 泣くばかりで何も答えない。少女の衣服はかなり濡れていて、握った手も冷たい。体が冷 えきいっている様子なのでなんとかしようと思ったが、俺はハンカチしか持っていなかっ た。それでも何もしないよりはましだと、ハンカチで体中を拭いて、俺の着ていたカッタ ーシャツを着せてやった。俺は中に着ていたTシャツ一枚の状態である。 「ありがとう、お兄ちゃん!」 いつのまにか泣きやんだ少女は、元気にお礼を言った。 「ねぇ、名前はなんていうの?」 少女はしばらく考え込むと、 「知らない人と喋っちゃダメってママが言ってたけど、お兄ちゃん優しいから教えてあげ るね。環ってゆーんだよ。」 怪しく思われていたらしい。悲しいなぁ。 「環ちゃんっていうんだ。もう小学生?」 「うん。小学一年生。」 そんな小さな子が雨の中一人でたたずんでいる方が怪しいと思うが。 「環ちゃん、どうしてあんなトコにいたの?」 単刀直入に聞いてみる。すると環ちゃんは、着せてやったシャツの中にうずくまってしま った。小学一年生にとってはかなり大きく、屈み込んだら全身が隠れてしまう。 「・・・・・遊んでたの?」 環ちゃんは喋ろうとしない。小学一年生なら学校はもう終わっている時間だ。家に帰って いるか、友達と遊んでいるのが普通だ。それか、親とお出かけだろう。 「お母さんは?」 そう聞くと、今度は泣き出してしまった。俺が優しく頭を撫でてやると、シャツの中から ゆっくりと顔を出す。 「・・・ママ、帰ってくるの遅いんだもん。」 「お父さんは?」 「パパもお仕事。おうちに帰ってもお手伝いさんしかいないから、つまんないの。」 なるほどね。 「だから、一人で外で遊んでたんだ?」 環ちゃんは小さく頷く。可哀想な少女だ。俺も親が共働きだったのでよく解る。何か無性 に切なくなり、環ちゃんの頭を撫でてやる。 「お兄ちゃん、手がブルブルしてるよ。」 そういえば、寒い。Tシャツ一枚なのだからしかたないが、体は既に冷えきっていた。環 ちゃんは心配そうに俺を見つめる。 「そうだ!このシャツすっごく大きいから、お兄ちゃんも入ればいいよ。」 それは環ちゃんが小さいだけなんだけど。 「ほら、こうやって・・・。」 環ちゃんは俺にシャツを着せると、俺の太股の上に座りシャツのボタンを無理矢理自分の 前まで持ってきて二つとめた。俺がシャツを着て、環ちゃんがその中に潜り込むという形 になる。かなりきつい。 「ふふっ。」 「どうしたの?」 「お兄ちゃん、温かい。」 なるほど。こうしてくっついていれば体が温まる。 「嬉しそうだね。」 「うん!」 親とあまり接する時間がないのだろう。人のぬくもりを楽しんでいる。そういえば俺も最 近、人のむくもりなど感じた事は無かった。久々に触れる優しさを感じながら、時間は過 ぎていった。  雨がやむ頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。公園にある時計は、もう六時を指 している。環ちゃんは疲れたのか、すっかり眠っている。 「環ちゃん、雨やんだよ。」 小声で囁くと、環ちゃんはゆっくりと目を開けた。 「あっ、ホントだぁ。」 シャツのボタンをはずしてやると、環ちゃんは勢いよく立ち上がった。 「環ちゃん、はやく家に帰ってお風呂に入ったほうがいいいよ。」 「うん。」 「家は近いの?一人で帰れる?」 「大丈夫だよ。一人で何でもできるもん。」 強い子だ。とてもさっきまでいじけていたとは思えない。 「また降りだすといけないから帰ろうか。」 「うん。お兄ちゃん、バイバイ。」 環ちゃんは手を振りながら元気よく走っていった。俺も手を振り替えして走り出した。  走ること二十分、俺はようやく住んでいるマンションに着いた。階段を駆け上がり玄関 のドアを開けようとすると、ふと表札が目についた。「河村誠一・恵子・翔一」。嘘だ。 今、この家には俺「河村翔一」しか住んでいない。父は二年前から単身赴任で海外に行っ ている。母は一年前に父の様子を見に行くといって出ていったまま、連絡が無い。まあ、 仕送りはちゃんとくるので、生活はできる。だから、母が何処で何やってっようが俺には 関係ない。当然のことだが、玄関を開けても誰もいない。最初は寂しいと思ったが、もう 慣れてしまった。環ちゃんみたいな小さい子だと、耐えられないんだろうなぁ。 「疲れたぁ。」 今日は飯喰ってもう寝よう。  時計の針は七時を指している。珍しく朝早く起きた俺は、テレビを見ながら朝食をとっ ていた。 「次のニュースです。今日の深夜二時頃、北区に住む新庄さんの自宅で子供の死体が発見 されました。」 この近くか。怖いねぇ。 「死んでいたのは新庄さんの長女「新庄環」ちゃん六歳です。現在、警察で原因について 調べているところで・・・」 公表された写真を見た瞬間、箸を落としてしまった。俺はこれ以上食事を進めることがで きなかった。  昼休み。購買で数個のパンとジュースを買って、屋上へ向かった。ここはあまり人が来 ない為、考え込むのにはちょうどいい場所である。 「ふぅ。」 午前の授業は全く身が入ってなかった。昨日の出来事で、環ちゃんには強い親近感を覚え てしまった。そして朝のあの事件だ。朝から環ちゃんのことが頭から離れない。あの子は 強い子だ。複雑な家庭環境の中にいても、自殺なんてするような子ではないと思う。それ では他殺か?いや、ころんで頭を強く打ったという線もある。いずれにせよ、夕方のニュ ースで原因ぐらいは解るだろう。しかし、昨日会っていた人が死んでいたなんて、嫌な気 分だ。 「おい、翔一。こんなところで何してんの?屋上は立ち入り禁止でしょーが。」 いきなり呼びかけられたその声は、俺の親友「鈴木道晴」のものだった。 「それはお互い様だろ?」 「まぁそう堅いこと言わないで。」 「クスッ」 俺と道晴のやりとりを見て、後ろで笑う女がいた。道晴の彼女「源鞘華」だ。 「なんだ、居たのか。」 俺はこの女が嫌いだ。こいつは半年前、俺を捨てて道晴に乗り換えたのだ。理由は「鈴木 君の方が格好いいから」だそうだ。その道晴は、俺と鞘華がつきあっていたことを知らな いのだからたちが悪い。 「おいおい、僕の彼女になんてこと言うんだよ。まぁいいや。そういえばさぁ、今日の朝、 僕の隣の家の子が死んでたんだよ。」 何?!それってもしかして・・・ 「朝ニュースでやってたやつか。たしか新庄さんとこじゃなかったっけ?」 「そうそう。」 おいおい、環ちゃん家って道晴んとこの隣かよ。 「それがさぁ、どうやら他殺らしいよ。夜中に両親が帰ってきたらもう死んでたらしいん だけど、服は八つ裂きにされてレイプの後っみたいだったんだって。」 「妙に詳しいな?」 「だって、朝から警察がうるさいんだもん。野次馬に混ざっちゃった。」 なるほど。あんな小さな子をレイプとは非道だなぁ。 「で、犯人は?」 「まだ解んない。家に入った形跡が無いんだよ。親が帰った時鍵は掛かってたみたいだし、 足跡も指紋も見つかってないんだって。」 なんだそれ。漫画じゃあるまいし。 「謎が謎をよぶ犯行。まさにミステリーってやつだね。」 環ちゃん可哀想に。俺が悲しみに浸っていると、道晴が腕時計を見た。 「もうこんな時間か。僕、先生に呼ばれてたんだ。行かなきゃ。」 そう言って道晴は去っていった。残ったのは俺と嫌な女だ。 「相変わらず静かな奴だな。」 「道晴の前ではね。いい女でいたいもの。」 「あいつ、喋る女は嫌いなのか?」 「さぁ?喋るとボロが出ちゃいそうで。」 なんて女だ。ということは、道晴はまだこいつの本性を知らないのか。 「ところでさぁ、さっきの殺人事件の話だけど、アンタ何か隠してるでしょ?」 うっ!い、いや、俺は事件には全く関係してないぞ。・・・たぶん。 「何でだ?」 「だってさぁ、何か怪しいんだもん。」 俺はいつも通りに喋っていただけだが。 「まぁいいでしょ。それよりさぁ、あの人奥手でさぁ・・・。」 だんだん俺の方ににじり寄って来る。 「お前と道晴の仲のことなんて、俺の知ったことかよ!」 「そうじゃなくてさぁ、今晩暇?」 いきなり俺の腕にしがみついてきた。どうやら俺と交わりたいらしい。一瞬腕に当たる豊 かな胸の誘惑に負けそうになったが、やはり俺は鞘華が嫌いだ。俺は無理矢理鞘華の腕を 振りほどいた。 「お前のそういうところが嫌いなんだよ!」 「いいじゃない、別に。知らない仲じゃないんだしさぁ。」 あー腹立つ。俺は鞘華を無視して教室の方に戻った。 「何よ!前は毎晩やってたくせに!!」  学校や俺の家の方と比べて、街中の方は結構開けている。金さえあれば、一晩は軽く遊 んでいける。学校の帰り、鞘華の言動に腹が立った俺は街の方へ向かった。適当にゲーム センターで時間を潰し、適当にナンパして、適当に不良どもに喧嘩をふっかける。ストレ ス解消なんてこんなもんだ。家に着く頃には零時をまわっていた。 「ナンパは全部失敗か・・・。」 俺は家に入るなり、すぐに寝てしまった。環ちゃんの事はもう忘れようと思っていた。  朝、昨日と変わらぬ時間に朝食をとっていた。テレビでは、例の事件の捜査は一向に進 まないという。 「昨日に続き、今日の朝にも同じような殺人事件が起きました。」 なにぃ?今度はどんな奴だと、テレビに食い入る。そして、昨日に続きまたも固まってし まう。 「被害にあったのは、北区に住む源さんの三女「源鞘華」さん十七歳です。現在警察では 事件の原因と共に、昨日の事件との関連を調べており・・・」 またかよ。  正直、学校に行く気がしなかった。道晴の悲しそうな顔を見たくないというのもある。 しかし実際は、俺と鞘華との関係を他に知られたくないというのが理由だ。しかし俺は、 道晴の親友として行ってやらねばなるまい。  昼休み、俺は道晴を連れて屋上にきた。 「相変わらず誰も居ないな。」 「昨日立入禁止って言ったの翔一でしょ。」 いつもどおりの喋りだ。気落ちしてはいないようだ。 「源の事だけど・・・。」 「あぁ、死んでたらしいよ。朝警察が事情聴取しに家まで来た。」 道晴のとこに警察が?で、俺のとこには来ないのか? 「参ったよ。やっと彼女ができたっていうのにさぁ・・・。」 道晴はうつむきながら言った。やはり気落ちしているようだ。 「葬式とかはあるのか?」 「知らないし・・・出たくない。」 何か気まずい事でもあるのだろうか?それにしても、本当に気まずいのは俺の方だ。鞘華 は俺との関係を道晴に黙ったまま死んでいった。そして、事件との関連性だ。心当たりは 全くないが、続けて起こった事件の被害者に俺は前日に会っている。ただそれだけなのだ が、警察にしてみれば相当怪しいのではないだろうか。 「僕、鞘華ちゃんのことは忘れるよ。」 「そ、そうか・・・。」 「もう一人いるしね。」 なにぃー!奥手だったんじゃなくて、二股かい!! 「今、人妻との関係に燃えてるんだよね。」 しかも、よりによって人妻かい! 「今日はその人に慰めてもらうことにするよ。あっ、今日も、か。」 「はいはい・・・」 「街のホテルで待ち合わせてるんだけど、翔一もどう?」 「嫌だ。」 絶対に嫌だ。心配して損した。もう帰る。 「どこいくんだよ、翔一。」 昼休みが終わるから、教室に行くんだよ!  学校が終わり、俺は道晴の後を尾けた。友達にサングラスと帽子を借り、カッターシャ ツを脱いでTシャツ一枚になった。変装はこんなところでいいだろう。 「なんであいつ、サングラス持ってんだ?」 まぁ、細かい事は気にしないで後を追う。つきあっている人妻がどんな人か気になるのだ が、しかしまぁ俺もとことん暇な奴だ。  街中を歩く道晴は、ホテル街へと入っていった。 「おいおい、会ってすぐかよ。」 彼女が死んだというのに、どんな神経しているんだ?いや、今はそんなことより気になる ことがある。道晴を尾行する俺を、後ろから追ってくる奴がいる。しかも学校からすっと である。俺を尾行しているのではない。ただ追ってきているのである。変装しているわけ ではないので、正体がバレバレだ。俺のよく知っている女「白石恵璃」だ。恵璃とは幼稚 園からの幼馴染みで、暇になると俺にちょっかいをだしにくる。そんなやつは放っておい て道晴を追うために走り出そうとすると、 「きゃぁぁぁ!」 恵璃が悲鳴を上げた。後ろに振り向くと、恵璃が三人の不良に絡まれていた。俺は仕方な くそちらのほうに走り出し、恵璃に触ろうとした一人に後ろから跳び蹴りをかます。 「ぶへぇっ!」 蹴った奴が豪快に倒れる。他の二人は、俺を見て驚いている。 「て、てめぇは!」 「何だ、昨日気晴らしに殴った奴らか。」 俺は倒れている奴の両足を両脇に挟んで持ち上げた。 「げっ、ジャイアントスイング!」 俺を軸に横に数回転し、他の二人に向かって放り投げた。ぶつけられた二人は耐えられず に倒れる。 「失せろ。」 三人は急いで起き上がり、走って逃げていった。 「ありがと。」 成り行きを見ていた恵璃が寄ってくる。 「何で俺のこと追ってきたんだ?」 「道晴のこと追ってたでしょ。面白そうだからついてきたの。」 ついてくるなよ。道晴に見つかっているかもしれない。というか、もう完全に見失った。 「俺が助けに来なかったら、どうなったと思ってんだ。」 「なるようになったんじゃない。」 このヤロウ、確信犯だな。 「それより、道晴の彼女死んだんでしょ?ラブホテル街で何してたの?」 「それを知る為に追ってきたんだよ。お前のせいで見失ったじゃねーか!」 少し怒鳴ってしまった。こんなことで怒るとは、俺もまだまだだな。 「そんなに怒んないでよ。お詫びに一緒にホテルに入ってあげるわよ。」 またこれだ。俺と恵璃の関係は微妙だ。友達でもなければ恋人でもない。やりたい時にや る、いわゆるセックスフレンドみたいな関係だが、恵璃には他の男の話は全く無い。俺に はよく解らない女だ。 「この前やったばかりだろ。」 「この前って一週間も前でしょ。どーせ、その間は毎日一人でやってたんでしょ。ホント に翔一って変な体質してるわよねぇ。すぐに溜まっちゃうんでしょ。」 そうなのである。一年ぐらい前から異常体質になってしまい、人より回復するスピードが かなり速く、毎日出さないと気がおかしくなるのだ。 「ほら、今日は私がやってあげるから。はやく入るわよ。おーよちよち。」 恵璃が俺の股間をズボンの上から撫でる。 「・・・・・宜しくお願いします。」 誘惑に負けた俺は、恵璃とホテルに入った。  今日の朝はなかなか起き上がれなかった。 「恵璃の奴、激しすぎるんだよ。」 腰の痛みを我慢して布団から這い上がり、朝食の準備をし始める。例の事件が気になって テレビのニュースを見る。どうやらまだ何も解っていないらしい。 「ったく、警察はあてにならん。」 実は昨晩恵璃とホテルに入った後、中で俺と事件の被害者の関係について話した。俺と恵 璃は、互いに大事な事を相談できる仲でもあるのだ。恵璃は「警察が来ないんなら気にす ることないんじゃない。ただの偶然だよ。」と言っていた。俺もそうだとは思う。そんな ことより妙に身近な人がいなくなっていく寂しさをどうにかしてほしかった。俺は相談し たかったのではなく、ただ単に慰めてほしかっただけなのかもしれない。 「考えてもしょうがないな。」 俺は痛む腰をさすりながら学校へ向かった。  授業もすべて終わり、隣の教室から道晴が駆け寄って来る。 「昨日は人妻とお楽しみだったのか?」 畜生っ、結局昨日は解らずじまいだったからなぁ。 「うーん、そんなことなかったなぁ。そんなことより明日休みなんだから、今日は街中で 遊ぼうよ。夜中までさぁ。」 俺は最近、翌日が学校だろうが街で遊んでるんだけど・・・。 「人妻とか?」 「やけに人妻にこだわるね。欲求不満?」 いや、昨日やったけど・・・。なんか人妻って燃えるんだよね。 「違うけど・・・まぁいいや。遊びに行こうか。」 「よしきた!」  一度着替えに家に戻った俺は、道晴と合流して街へやってきた。 「何処行くんだ?」 目的地を聞くと、道晴は目の前の喫茶店を指さす。 「実はさぁ、人と待ち合わせてるんだ。」 「誰?」 「昔僕の家の近くに住んでた人でさぁ。遠くに引っ越したんだけど、今日こっちに遊びに 来てるんだって。一人らしいから一緒に遊ぼうと思って。」 喫茶店に入ると、奥でこちらに手を振る女性の姿があった。うっ美しい。長い髪。大きな 目。キリッとした顎。今にも吸い込まれそうだ。 「繭美さん、昨日話した翔一。」 道晴が俺を紹介すると、繭美と呼ばれた女性は立ち上がって名乗った。 「初めまして。木下繭美、女子大生です。」 「犬とお呼びください。」 俺は道晴に後ろから豪快にどつかれた。  繭美さんと合流した俺達は、長い間街中を遊び回った。繭美さんとは話が合うし、すご く優しいので一緒にいて楽しかった。そして、今いるところは・・・。 「繭美さん、高校生が居酒屋にいていいんですか?」 「何言ってるの?ここに入ってもう一時間経ってるじゃない。」 やばい。ビール一杯しか飲んでないのに頭がふらついてきた。 「翔一、もうおねんねか?」 俺は道晴に答える事もできずに横に倒れてしまった。  温かかった。あまり感じたことの無いぬくもりだった。まるで母親のような。居心地が 良い。いままで俺が餓えていた、求めていたものだった。 「おーい、しょーいちくーん。」 俺を呼ぶ声がする。目を開けると繭美さんの顔が間近にあった。 「あっ、起きた。」 どうやら寝ていたらしい。しかも繭美さんの膝の上で。優しいなぁ、繭美さん。 「どうもすいません。介抱してもらってたみたいで。」 「謝ることないって。翔一君の顔可愛かったし。」 恥ずかしい。寝顔を見られた。 「あれっ、道晴は?」 「道晴君は店の外で涼んでるわよ。私たちももう出ようか。」 時計を見ると、もう三時をまわっていた。でも俺は三十分しか寝ていなかったみたいだ。 もう繭美さんも飲めそうになかったので、俺達は店を出ることにした。  外に出ても、道晴の姿は無かった。 「おーい翔一!こっちこいよ。」 上の方から道晴の声がする。上を見ると、店の向かい側にあるマンションの屋上に道晴が いた。どうやって上がったんだ? 「翔一君、行きましょ。」 繭美さんが俺の手を引いて屋上に向かう。 「ちょっ、ちょっと・・・」  屋上へのドアの鍵は掛かっていなかった。屋上に出ると、道晴は夜空を見上げていた。 「気持ちいいなぁ。」 吹き抜ける風が気持ちいい。しかし夜中の三時ともなると、少し肌寒い。  「なぁ翔一、超能力って信じる?」 唐突な質問だ。俺は首を横に振る。 「実は僕、一年ぐらい前から超能力に目覚めてさぁ。その能力で、鞘華を殺した犯人解っ ちゃったんだ。」 何言ってんだこいつは。しかし、繭美さんはこんな話を頷きながら聞いている。 「信じられないようだね。なら、見せてあげようか。」 道晴が手をかかげると、そこらに転がっている石ころが浮き上がった。目の高さまで上が ると、俺の方へ猛スピードで飛んでくる。 「何するんだ?!」 俺は目に当たる寸前で、右手でキャッチして投げ返した。しかし石ころは道晴の前でピタ リと止まり、地面に落ちた。道晴は不気味な笑みをうかべる。 「そして犯人も超能力者なんだ。その能力がすごくってさぁ。体中から出る気で覆われる んだって。だから足跡も指紋も残らないんだよ。その気のおかげで腕力なんか十倍ぐらい になるらしいよ。そして能力が頂点に達すると、放出した気が体と周りの大気とを一体化 させて気体として動けるんだ。いくら玄関に鍵掛けたって意味無いよね。」 「いったい何が言いたい?」 疑問をなげかけるが、道晴は無視して続けていった。 「でも、その能力には副作用があってね。人より性欲が強くなるらしいんだ。」 まっ、まさか?いや、俺の体質の事は家族と恵璃しか知らないはずだ。 「犯人はアレが溜まってしばらく経つと意識がなくなり、やがて無意識のうちに暴れ出す。 そして優しさに餓えた犯人は最近付いた女の臭いを求めて彷徨い、犯行に至るんだ。」 「妙に詳しいな。人妻にでも聞いたのか?」 「そうだよ。翔一もよく知ってる人さ。」 えっ?もしかして・・・。 「そーしてこれが証拠の写真さ。新庄家で起きたのと、源家で起きたの、二枚有る。」 なんと、道晴が取り出した写真には環ちゃんや鞘華を襲う俺の姿があった。 「何で道晴がそれを・・・。」 「僕の能力は物体を手を使わずに動かす事ができるんだ。カメラを仕込んでおく事ぐらい 簡単なんだよ。」 合成かもしれない。しかし俺はそれより気にかかることがある。 「道晴が仕組んだのか?何で・・・。」 「翔一は一年前からモテ始めた。翔一が鞘華とつきあいだしたのもそのぐらいからだ。」 「知ってたのか!」 「知ってるもなにも、鞘華に翔一に近づけと言ったのも、他の女を差し向けたのも僕だ。 そのうち殺人を犯すだろうと思ってね。」 俺は肩を落とした。繭美さんが俺を見て笑っている。 「しかしなかなか起きなかった。女とやるか一人でやるかしていたんだね。でも最近、あ る人からヒントをもらってね。翔一は疲れたらすぐ寝てしまうからひとりじゃやらないだ ろうってね。」 俺は道晴に踊らされていたのか。 「鞘華の行動はすべて僕が指示したものだ。環ちゃんは予定外だったけどね。ママは公園 にいたよって言っただけだから。」 「なぜ環ちゃんを殺してまで俺をハメようとした?!」 「お前に豚箱に入ってもらうためだ!お前が羨ましかったんだよ。恵璃ちゃんとのあんな 関係が!お前に消えてほしかったんだ!今日の夜遊びも繭美の行動もみんなそのためだ。 どうだ、そろそろやばくなってきただろ?」 やばい。意識がもうろうとしてきた。そういえば今日は出していない。ということは、飲 み屋は時間稼ぎで繭美さんは餌食か。 「ぐっ、ぐわぁぁぁ!!!」 もう怒った。だんだん力がみなぎっていくのが解る。俺は意識があるうちに道晴を殴って おかないと気が済まない。道晴に向かってパンチを繰り出した。しかし命中したのは繭美 さんの胸だった。俺の腕はか弱い女性の体を突き破っていた。その時突然ドアが開いた。 「警察だ!」 次の瞬間、俺は気を失っていた。道晴がかすかに笑ったのだけは覚えている。  刑務所の中にいた。どうやら俺は人を殺したらしい。もし俺がこの中でやらなかったら いったいどうなるのだろうか。これも道晴の仕組んだストーリーなのだろうか。  後書き(言い訳とも言う)  「Act1」いかがだったでしょうか。まず題名ですが、これは第一話という意味では ありません。この「Act1」に隠された副題は、「ある日常の中で起こった奇妙な事件 ・その一例」です。某TV番組「世にも奇妙な物語」のように書いたつもりです。ジャン ルはSF、テーマは「裏切り」です。  最初はポルノ小説にしようと思っていましたが、時間の都合で短編に切り替えた時にH シーンを省きました。その面影が少し残っていると思います。人物・背景の描写、バトル シーンも省きました。それを書くと、ページが増えて短編にならないんです。かなり短い ので、スムーズに読めると思います。  私はこの主人公「河村翔一」が嫌いです。性格が暗いですね。人の前では明るくするよ うにがんばってますが、思ったことをあまり口にしていません。見ていて腹が立ちますね(笑)。  最後に話の補足を。気体になる事ができる翔一を刑務所にいれてもしょうがないのでは ないか?と思いますが、道晴・又は道晴にアドバイスをした人は、翔一を刑務所に入れて 何かを起こしてもらうのが目的です。このように話には続きがあるようですが、続きを書 く気はあまりありません。なぜかというと、この作品は他人に読んでもらうのが初めての 私にとっては実験的な作品だからです。  しかしまぁ、後書きってなんでこうスラスラと書けるんだか・・・。               MAINA