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   教会では毎週日曜日礼拝が行われま
す。
   
    それは私たちが創造主(神)を誉め称える時です。

    又、聖書の中からお話しがあります。

    その中で毎週更新されるメッセージをご覧下さい。



 2012年5月6日    





『堅く信仰に立って


マルコ14章26〜42節



  

@ 「砕かれた悔いた心」こそが、堅く信仰に立って悪霊に立ち向かうことができることを、

学びたいと思います。

A さて、過ぎ越しの食事の後で、イエス様と弟子たちは、オリーブ山に出かけていきました。

そのときイエス様は、ペテロに「あなたは今日、鶏が二度鳴く前に、三度わたしを知らないと

言います。」と言われました。ペテロは、そんなことは決してありえないと言ったのですが、

結果は、イエス様が言われた通りになり、彼は激しく泣きました。又、イエス様もオリーブ山で、

十字架を目前にして恐れおののいて祈られ、悪魔が、イエス様の肉の弱さにつけ込んで、たたみ

込んでくるのと戦われました。しかし、最後に、イエス様は、「あなたの御心のようになさって

ください」と言って、立ち上がられたのです。

 では、ペテロの肉の決心と、ご自分の弱さをありのまま出して祈られたイエス様との違いから

学んでみましょう。十字架を目前にして祈られたイエス様は、弟子たちにも目を覚まして祈っていて

欲しいと言われるほどに、心細さを覚られたのです。その苦しみもだえられるイエス様の姿に、

ダビデの子孫としてマリヤから生まれ、私たちと同じ肉をとられた(ロマ1章3)イエス様の愛が

伝わってきます。もし完璧な肉の人間だったら、このような弱さを現されることはなかったでしょう。

むしろ、ヒーローとして、恐れもなく、かっこよく死んで行かれたでしょう。しかしイエス様は、

わたしたちと同じ肉を持たれたが故に、「この時を、わたしから過ぎ去らせてください。

この杯をわたしから取り除けてください。」と、逃げ出したくなるような恐怖心を持たれたのです。

しかし、もしここでイエス様が、臆病風を吹かして逃げ出されていたなら、復活という勝利はあり

ませんでした。しかし、イエス様は、「わたしの思いではなく、あなたのみこころのままになさって

下さい。」と、自らを創造主に委ねられたのです。そして、この十字架の死を通って下さったが故に、

復活によって、創造主の御子であることが明らかとされたのです(ロマ1章4)。一方ペテロは、

「絶対知らないなどとは言わない。」と勇敢な気持ちを表しました。ところが、イザ自分の命が

危ないと思ったとき、自分の身を守ろうとして「知らない」と三度も言ってしまったのです。

鶏が鳴いたとき彼は、
イエス様の言葉を思い出して、「なんて事をしてしまったんだ!何という

卑怯な人間だ!」と、大泣きしたのです。彼は完璧に落ち込みました。自分は何にも出来ない弱い者

だ、と正直に認めたでしょう。
この心こそ砕かれた悔いた心を学ぶ経験なのです。主はその悔いた

心を軽しめられません。むしろ、それほど弱い、どうにもならないペテロのような人間を救うために

来てくださったのです。健康な人には医者はいりません。すなわち、英雄的なペテロなら、イエス様

の贖いはいらないのです。しかし、最低な人間として、自覚したペテロには、主の救いが必要です。

この経験こそが砕かれた心を持つために必要でした。また、本当に落ち切った人間が、人々を励ます

ことが出来るからです。ですからイエス様は、「立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」

と言われたのです。

C 患難時代に入ったら、ペテロのように、「イエス様を知らないなどとは決して言いません。」

と言えるでしょうか。患難時代でクリスチャンはふるいにかけられるのです。悪霊たちは大暴れし、

背教が起こってきます。
「砕かれた悔いた心」を持っているなら、自分の弱さや臆病さに逃げ込まず、

主に頼って悪魔に立ち向かって行こうとするでしょう。イエス様も私たちと同じ、恐れとビビる

気持ちを持ちながら、三度も祈って決心されました。
そして、十字架の死に向かっていかれたのです。

私たちも肉の力みではなく、砕かれた心を持って堅く信仰に立ち、悪魔に立ち向かって従っていき

ましょう。                                             



                               

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   2012年

 
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NO.260
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2012年4月22日

NO.259
「弟子たちの与えられた権威
2012年4月15日

NO.258
「信仰によって勝利を得る
2012年4月8日
 NO.257
「キリストの花嫁となる人々
2012年4月1日

 
 NO.256
「ヨハネの黙示録が書かれた理由
2012年3月25日

 
NO.255
空っぽの器〜今なすべき事〜
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2012年3月11日
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2012年2月26日
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生きるには

2012年2月19日
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霊的な永遠の生涯を生き抜く者として
2012年2月12日
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2012年1月29日
 
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2012年1月22日
 
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2012年1月15日
 NO.244
主のために生き、主のために死ぬ」
2012年1月8日
 NO.243
早天祈祷会より」
2012年1月1日
 

2003年〜2011年

 
2011年礼拝メッセージ
 
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2009年礼拝メッセージ

2008年礼拝メッセージ

2007年礼拝メッセージ

2006年礼拝メッセージ

2005年礼拝メッセージ

2004年礼拝メッセージ 
 
2003年礼拝メッセージ 


創造主のことばは生きていて、力があり、

両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、
                              
関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、

心のいろいろな考えやはかりごとを

判別することができます。

          【ヘブル4:12】

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