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西穂高沢から前穂(5-v-1992,Hiro撮影) 調子に乗ってシリセードをしたら…

北アルプス
岳沢BC−奥明神沢・西穂高岳
1992/5/2夜〜5

Hiro、Yさん、Kさん、Kさん、Yさん、Nさん、Kさん、Mさん、Mさん、Mさん、Gさん

1992/5/3〜5(前夜発、2泊3日)の日程で、岳沢BCより前穂高岳・西穂高岳を目指した。5/4は、風雪の中、コル付近まで行動したが、気象・積雪状況を考えると、その判断には疑問が残る。5/5は快晴に恵まれ、全員が西穂高岳Peakに立ったが、西穂高沢下山時に、2件の事故未遂が起こった。

5月2日 名古屋(20:00)&春日井(22:40)−駒ヶ岳SA(21:40〜)−沢渡

駒ヶ岳SAで集合。沢渡の村営駐車場で仮眠。

5月3日 日中晴、夜になり雪 沢渡(7:00過ぎ)−(TAXI)−上高地(7:45〜8:15)−(3Pich)−岳沢(11:00過ぎ)BC

BC設営後、水呑沢下部で雪訓。雪が腐っていたが、アイゼンを着けての直登高・下降、FIXザイルの通過、ピッケルを使っての滑落停止などの練習を行った。

16:00、ラジオの不調か、地形的なものか、NHK第2が全く入らない。担当者は、入山前4日分の「赤旗」の天気図を持って来たが、明日の天気を的確に予想できる者はいなかった。

5月4日 風雪強し、15:00ごろより回復 BC(6:10)−(3Pich)−[前穂−明神のコルより前穂寄りcontour2880](9:45〜10:45)−(FIX45m×6Pich)−岳沢Ht.(13:40〜)−BC

Yさんの体調が悪く、テントに残る。前夜からの雪は、BC周辺で20cm程。ヘルメット・ハーネス着用で出発。
7:00〜10 休憩(奥明神沢contour2300)。先行2パーティー有り。

沢の中は、新雪が40〜50cm。Contour2650で、先行パーティーを抜き、ラッセルが始まる。深いところでは、腰までの雪。ラッセルはMさん、Yさん、Kさん、Hiroで行ない、Gさんに最後尾に入ってもらう。左手に前穂へ直登する沢を分け、右手の明神とのコルを目指すが、一本前穂寄りのコルへ続くルンゼ状に入ってしまう。この辺りで、先頭4名と後続の間が開きがちになり、Mさんより声が掛かる。急傾斜と積雪状況から、休憩もままならなかった。

9:45 コル着(contour2880)。2つのツェルトに分かれて入る。強風の中での岩稜帯の通過は無理とみて、撤退とする。10:45コル発。

下降時の恐怖感緩和、強風、新雪による雪の団子状態を考え、コルからザイルをFix(45m×6Pich)。私たちの他にも、登頂をあきらめ、SeilFixして降りるパーティーもあった。

13:40 岳沢Ht.着。本日登頂したのは、contour2650で我々が一旦抜いたパーティー(直登沢経由)だけのようだ。水の買出し、お手洗など済ませてBCへ戻る。

5月5日 快晴、稜線風 BC(5:10)−[西穂高沢](3Pich)−稜線−西穂高岳(9:25)−(FIX3Pich:35、30、70m)−降り口(11:05〜11:20)−BC(13:00〜14:00)−上高地(15:30)−沢渡−薮原−春日井&一宮

絶好のアタック日和。今日は、11名全員でBC発。ヘルメット着用。
西穂高沢の、稜線に出るすぐ下で、Wさん、Sさんにあう。稜線に出ると、その情報どおりの強い風だ。稜線の岩稜帯は、かなり苦労しているメンバーもいた。
9:25 西穂高岳。昨日の悪天 or 連休最終日のせいか、以外に人は少ない。

飛騨側をトラバース(5-v-1992)

下山に移り、頂上直下、飛騨側のクラストした下りで、Fix35m。ここを順番に降りている時、よその二人連れが降りてきたので、通過するのを待っていたら、『そのザイルをつかんで』と言って、われわれのFixSeilをいきなり掴ませる、という事件(?)があった。目の当たりにした人は、唖然として声も出なかったそうだ。

すぐ次の信州側の下りでFix30m、さらに岩稜を避け、飛騨側をトラバースする際に、Seilを繋いで70mFixした。

11:00前 西穂沢降り口着。ハーネス、Seilをしまい、風を避ける為、すこし降りた地点で休憩とする。

沢に入ると、雪は完全にくさっており、一歩ごとに巨大な団子状態になる。前から3番目を行くメンバーがスリップ、尻もちをつき、3m程滑る。体を反転させるが、滑落停止の体勢に入れない。更に3m程下に、先に降りていたメンバーがおり、受けて止めた。雪が腐っており、スピードが出なかったので止め得たと思われる。

11:05 直下で休憩。アイゼンは、はずす。11:20 発。

調子に乗ってシリセード(5-v-1992)

キックステップで少し下った後、尻セードで降りる。スピードコントロール、止り方を説明した後、降り始めるが、恐怖感からか、メンバーのスピードに差が出始める。
7名が、先にトラバース点に到着した頃、初心者2名にMさんとHiroがつき、後を追っていた。contour2280付近で3名が一旦止り、Hiroは20m程上部にいた。地形は、沢の右岸にインゼル状の所があり(coutour2260)、その右側が数mの崖になって落ちている。溝状になったコースを外れ(スピードが出ないように)、右岸側を滑っていた初心者の1人に、左に移動するよう声をかけるが、移動しようとしてスリップしたのか尻セードの体勢で滑り始める。Hiroが上から尻セードで追いかけ、一旦追い越した後に止めた。

沢渡から2台に分乗。高速道路渋滞の情報を得て下道から薮原−中津川へ。中津川からは高速に乗り、春日井および一宮で解散した。

反省点

この合宿では、「生活・行動技術の向上」「次期リーダー層の養成」「参加者の親睦」を目的に掲げた。3日間で一定の成果はあったが、前記行動記録が示すように、リーダー・ベテラン陣の初心者・パーティー全体に対する安全対策に、不十分なものがあった。以下に、反省会を通じて上げられた2点についてあげる。

1.5月4日の行動について
奥明神沢を登高中は、支沢からちり雪崩が落ちてくるなどの状況はあったが、全体的には雪はそれなりに安定しているように思われた。が、この日各地で遭難が相次いで起こり、白馬で大規模な雪崩が発生したことなどから、かなり危ない中での行動だったといえる。
また、クラストした場面でのアイゼンワークや強風の中での行動など、各人の技術的問題と、それをフォローするリーダー陣の行動に不充分さがあった。

2.西穂下降時の滑落(未遂)、尻セード中の事故(未遂)について
西穂高沢降り口での滑落は、前向きで降りてもバックステップで降りても、一歩ごとに靴の裏の団子雪を落とさなければならないような、人のステップにのるのもままならない中で起こった。技術的問題もあるが、別に「あとは下るだけ」といった気がパーティーの中にあったのではないだろうか。
尻セードの件は、合宿前に「尻セードでの下山はしない」という打ち合せが、一部のメンバー間でなされていたにもかかわらず行なっており、ここでも好天・下山するだけという、安全に対する意識の欠如があったといえる。

おまけ・・・・・・

今回の計画は全体的にベテラン陣に頼る面が多く、11名という大人数に慣れていないこともあり、CLとしての的確な判断に欠けたことをメンバーのみなさんにお詫びするとともに、この反省を今後の山行に活かしていきたいと考える次第です。


Copyright (C) 2001 Hiro All Rights Reserved.
The Original : 1992/5/13
1st Updated : 2001/4/22
2nd Updated ; 2001/04/25