地獄と極楽 (97.01.27)

 まだウンと若かりし頃、一時軽い「不眠症」にかかったことがあります。その時が
嘘のように、現在は寝つきよく、熟睡できており、ありがたいことだと思っています。
それだけに薬の力を借りないと「眠れない」という人が居ると、その辛さがよく分か
ります。

 私の友人のひとりが、この「不眠症」で悩んでいます。眠れない夜の長さを痛感し
ているらしく、よくNHKラジオの深夜放送を聞いているうちに朝を迎えることが多い
そうです。

 いつも午前4時頃から宗教に関するお話があるそうですが、それを聞いた中の一
つを聞かせていただいたことがあります。

 ある高名なお坊さんの話だということでした。
「憎まれっ子世に憚る」を地で行くような人が急死してしまったそうです。回りの人た
ちは、悲しむどころか喜ぶ人の方が多かったようです。

 この人がふと回りをみると、閻魔様の前へ行く人たちで一杯でした。そして死んだ
順番に静かに並んでおり、地獄へ行くのか、極楽へ行くのか、閻魔様のお告げを待
っているのです。

 その人の順番が来ました。閻魔様の質問に名前等を答えると、「閻魔帳」を調べ
始めましたが、その人の名前が見当たりません。どうやら間違って死んでしまった
ようです。まだここへ来る時期が来ていないので、下界へ戻るように宣告されました。

 その人は折角ここまで来たのだから、下界へ戻る前に地獄と極楽を見学させて欲
しいと頼みました。閻魔様は願いを聞き届けて、赤鬼に案内させたそうです。そして
地獄から見学することになりました。

 そこには大ご馳走の山があり、大勢の人たちが長い長い箸を持って、自分が食べ
たいものをつまんで食べようとしていますが、箸が長すぎて自分の口に届かないので、
四苦八苦しているのです。いつまで経っても食べることができないため皆痩せこけて、
目だけがギョロギョロしていて異様な雰囲気でした。

 次に見た極楽はどうかというと、セッティングは地獄と全く一緒だというのに、そこに
いる大勢の人たちは、ニコニコして福々しい顔をした人たちばかりなのです。

 その理由は、自分でつまんだものを自分が食べようとしないで、それを食べたい人の
口へ運んであげているのです。お互いに長い箸を上手に活かし合っているのです。「今
度はアレを取って下さいな。」「ハイハイ分かりました、さぁどうぞ。」とそれはそれは和気
あいあいの世界でした。

 地獄と極楽の両方を見学して下界へ戻ったその人は、回りの人たちがビックリするほ
どの変わりようで、「人のため、世の中のために」を心がける人にと大変身したというお話
でした。

 高名なお坊さんの話術は大変なもので、その場面、場面での描写が、目の前に見え
るような語り口で、ついつい聞き惚れてしまったとのことでした。そんな話振りを、また聞
きの私にはとても再現できなくて申し訳ありません。

 この話を聞くまでは、「地獄」というのは血の池、針の山など、それはそれは恐ろしい
所と思っていましたし、「極楽」というのは花々が咲き乱れ、ご馳走は食べ放題の、それ
はそれは住み心地のよい所だと思っていましたが、そうではなく、ほんの少しの「心の持
ち方」の違いだけで、別世界になるということを分かりやすく教えているのだと思いました。

 ひるがえって、我が身のことを考えると、まだまだとても極楽とやらへは行けそうにない
ことを痛感するばかりです。心がけ次第によっては、今からでも遅くないでしょうか? 
皆さん方はいかがでしょうか? 極楽行きで決まりですか?