リウマチ歴30年

14歳でリウマチと診断されたとき、私はテニス部にいました。
ボールを打ち返すとラケットは後ろに飛んでいました。
ありゃ?って感じでした。
そしてウサギ飛びをすると膝にみずがたまりました。

            
国立名古屋病院で診察の結果
『慢性関節リウマチ』と診断されたのです。

私の母もリウマチでした。そんなわけでリウマチと診断されても
「ああ、やっぱりね」位にしか思わなかった。

それからは運動にドクターストップ。通知表は「1」。(まあ、いっか)

そんなわけで始まった  私のリウマチ歴30年の第一歩です。

女子校演劇部

高校は花の女子校。それも演劇部!

憧れの先輩。楽しい仲間達。
私達の演劇部は全国大会までいったんですよ。

楽しい事もいっぱいあったけど、リウマチ君はジワジワやってきた。
体が痛くて痛くて舞台で倒れた。動けない。痛いよ!

『たすけて!』マジで思った。

寝ているのが痛い。バスタオルが重い。寝返りなんてとんでもない!

そして1回目の手術。
両足の小指の外側の軟骨を削ったんです。
(運動靴がはけなくなっちゃったんです)

そんな手術をしたって、体が痛いのは変わらない。
私のリウマチ君はいたずらばっかりするんです。

OL編

高校卒業後、洋裁の専門学校に通いなんとその間に
念願の「車の免許」をとりました!

両足、クレイトンの手術。(1年後、再手術)
入院中に知り合った股関節脱臼の友達が「電話交換手」の資格を
持っていたので、お互いに退院したら資格を取りっこしようと約束。
両足の包帯がとれないまま通った電話交換手の学校。

電話交換手の資格をもって、証券会社に入社。
皆さん、思いませんか?
リウマチの人って、体が思う様に動かない分、口は達者だって!
そうなんです。この仕事、私にピッタリ!

仕事は好きなんだけど、大きな問題があったんです。
それは、「通勤」でした。
家に帰ると泣きました。痛くて痛くて泣きました。
靴を何足買ったでしょう。

23歳。  私にとって大きな出会いがありました。
それは、主人との出会いです。

この続きは「結婚しましょう!」へ。

こんな自分を愛してみませんか

今、若くしてリウマチと診断された人。

結婚を考えている人。

子供を産むことを迷っている人。
(結婚しましょう!の中で出産の事も書いてみました)

将来のこと考えると頭んなかパニック状態。
でも、考えてみてください。
リウマチは、自分の一部。一緒に生きていく同士。
切り離せないものなら、全部まとめて愛してみよう!

       この問題については、ひとりひとりの考えもあるだろうし、
悩んでいることも違うのだからみんなでお話ししたいのです。