「ろおず・めいつ」VOL・8

N様

*ベルばらのおかげで友達がたくさんできた!(これは現在進行形ですね)
*宝塚にはまってしまった!(これも現在進行形)
*本を読むようになり、漢字をたくさんおぼえた。
*歴史に興味を持つようになった。
*ヨーロッパが自分にとって特別な憧れの地になった。
*そして・・・今、パソコンが近い存在になった。(ベルサイトのおかげです)
こんなところでしょうか?



りょう様

まだ、私が中学1年の時に始めて友達に借りて読みました。
毎日、友達が一冊づつもって来るのがもどかしくって・・
確か、音楽の授業中にオルガンのカバーに隠しながら読んだのを覚えています。
そして、遂に我慢できなくなり自分で買いました。
で、買ったあとに書店で10巻セットの入れ物があって、書店のおばさんに「これ頂戴」と頼みました。
で、数日後「全巻売れたから入れ物もって言っていいよ。」といわれもらって帰って、全巻入れていたのを思い出しました。
でも、破れてしまって確か、捨てたと想います。赤い、オスカル様のイラストの入っている入れ物でした。
 
中学の修学旅行にも持って行ってしまったの覚えています。でも、七巻と八巻だけ・・・
で、バスの中で友達と盛り上がってました。変な子です。

思い出って沢山ありすぎて・・どれを書いていいか悩みますね。



レット様

ベルばらの思い出で自分のした事は
1.街の本屋で立ち読み
夏休みに入ったばかり、父と出かけた本屋で一日早く出ていた週マを見る。そこで見たものは「望むことは・・」で続くアンドレの科白。純情可憐な少女は一変に火の玉のような顔と化したのでした。本をすばやく閉じて、周りを見まわした怪しい少女。それが私です。弱冠12歳にして、イザナギ、イザナミの国産みの「貴方の出っぱったところを、私の・・」を知っていた私は、「いいのカー。子供にこんなの見せて!」と思いました。周りに誰もいないのを確認して、もう一度ゆっくり読んだのでした。

2.週マを二冊買って、読む用と切り取り用に。壁中、オスカルさまとアンドレでした。そのままでは汚れるので、きちんとビニール袋を裂いてラップ状態にしていました。ベットサイドには、酒場で喧嘩した後のキスシーンのランタン、その天井にはオスカルさまのポスターと、今では笑うしかないような部屋に住んでいました。父も母も気味悪がって寄り付きませんでした。



どなう様

小学生の頃、交換日記で生まれて初めて描いたパロディがベルばらでした。(オスカルナインネタ)
オスカルを一生懸命描いても「激怒するニューハーフ」にしか見えなくてそれから一切描かなかった・・・です。



kiki様

原作にハマッタ頃、学校の図書館で”フランス革命”に関する本を読みあさり、ふたりが実在の人物でない事にショックをうけた。
そのわりに、「フランス、ベルサイユ」の文字を見ると反応しまくってました。



セシル様

番最初に「ベルばら」に触れたのはおそらくアニメの再放送かと思われます。
まだ小さかったせいか話の内容は全く頭に残っていませんが、あの主題歌だけは何年経っても覚えています。
その後高校の3年生を送る会で上演された「ベルばら」(女子高だったので、今思えばまるで宝塚でした。ラブシーンもちゃっかりありで・・・)を観て原作が読みたくなり、テスト前にも関わらず2日で一気に読み終え、その後はもうまっしぐらでした(笑)。
大学受験などもあり一時は下火になっていましたが、去年の宝塚での再演を機に、私のベルばら熱も一気に再燃!!
それ以後はインターネットという便利なものを活用して楽しんだり、実家から大切に持ってきた原作をレポート執筆の度に「復習」と称して定期的に読み返したりして(笑)、今に至っております。
去年は「ベルばら」再演に合わせて(?)大学の友達に原作をまわし、自らブームを作り出しました(笑)。
「ベルばら」に魅せられてから数年しか経っていませんので思い出という思い出は多くないのですが、「ベルばら」に出会って興味の対象が広がったように思います。
基本の宝塚に始まり(今は毎月観劇する程です)お芝居やバレエ、歌舞伎やお能まで。
以前から興味のあったフランス絶対王政期の文化への更なる興味は学校の勉強にも役立っています(笑)。



ねこっち様

*毎朝、布団をたたむとき、一度は必ず布団もしくは毛布またはタオルケットを巻きつけ 『歩きにくいし・・・』と言ってたこと。

*宝塚という世界を知るきっかけとなったこと。

小学生の頃読んだベルばらで、かなり印象に残ったのがオスカル様がドレスを着る場面でした。
恥じらいながら、照れ隠しのように言うそのせりふを毎朝、家族の目のないことを確認しつつ、再現してました〜。かなり怪しいですね。ハズカシ〜〜



akiko様

週刊マーガレットの連載開始の予告を見て、ワクワクしたのを憶えています。

連載開始の頃は、まだ、小学生だったのでよく理解できずにいた場面も多かったのですが、華やかな宮廷絵巻として楽しんでいました。

中学・高校生となっても何度も読み返し、感動していました。
常に手元にMC(特に7・8巻)はありました。(今もですが)

宝塚で上演され、社会的なブームにもなり、クラスの女子の3分の2はベルばらファンという状況で、毎日ベルばらと宝塚の話題で、キャアキャア言ってました。

ベルばらの上演がきっかけで、宝塚ファンになってしまい結婚する時の条件(?)も「仕事と宝塚はやめません。」だったんです。

インターネットで何となく「ベルサイユのばら」を検索したばっかりに、ベルばら熱が再発してしまい重症化するばかりのこの頃です。



まね様

とにかく毎日頭の中には、オスカルとアンドレがいましたね!
色んな妄想もいっぱいしましたし(小学5年の妄想なんて、可愛いもんですが〜〜笑)お小遣いで買えるだけの「ベルばらグッズ」も集めました。
26年間その時々でベルばらに対する思いは、多少なりと大きくなったり小さくなったり
しましたが私の人生には欠かせないものです。
そのおかげで、今こうして色んな方々と出会えてお話する事も出来るのですね!
ベルばらに感謝〜〜〜(^^¥)♪♪♪


マイク・スターン様

思い出といえば、中学生の時に毎日、毎日、休み時間になるとベルばらごっこをしていたことでしょうね。
ええ、ほとんど毎回、私がオスカルでしたけど・・・(爆)

何をそんなに毎日ってくらいやってたな〜!
おかげで台詞も、「むすんでひらいて」の作者もいまでも答えられるわ。
                       ↑
                  編集・注・・ジャン・ジャック・ルソーのことです



ドロシー様

1.なんたって、コミック全ページを美しくカラーにしてしまったことですわ。
 おかげで、綴じは外れてしまい、引っ越す時に真っ先に捨てられてしまいましたわ。
2.ヅカのベルV、映画は見たけど、アニメは2回見た時点で、 どうしても受け入れられなくて昨年まで存在を忘れていました。
3.安奈オスカルのブロマイドを先日発見。LPレコードもあるけど、プレーヤーがない。



皐月様

私がベルばらにはまったのは小学5年生で丁度、ヅカばら再演ブームでした。
市立図書館で9、7、6巻を見付けて読んだものの、その前後がどうしても読みたくなり、あちこちとチャリンコで行ける範囲の本屋へ「ベルサイユのばら」を求めて東奔西走しましたが、見付けられず、諦めかけていた時、某大手デパートの書籍コーナーで愛蔵版を発見し、立ち読みで最後まで読んでしまいました。
7巻を読んだ時に「そういえば、9巻にオスカルとアンドレはいなかったなあ・・」と不審に思い、愛蔵版を読み、真実を知った時は衝撃のあまり、人の目があるというのに、号泣してしまいました・・。
それからというのも、その書籍コーナーに足を運び、ベルサイユのばらを読んでは泣き読んでは泣き・・との繰り返しでした。
そして、やっと県内でも大きな書店がベルばらのマーガレットコミックスの全巻を仕入れた事を耳にし、クリスマスプレゼントで買ってもらい、今では家宝となっています。夜、寝る前に泣きながら読み(特に8巻)、翌日、はれぼった目で学校に行ったので、周囲の友人達は本気で心配していました。毎日続いたもので・・

ファンになった年の年末の特番で「感動アニメ・ベストテン」(忘れてしまいました・・)という番組が放送されていて、ベルばらは10位で、丁度ベルばらファンになったばかりの私は「ベルばらってアニメ化もされていたんだ〜」と喜びましたが、流れた映像が・・なんと・・ホタルだったのです!
ゴールデンタイムでしかも、父の実家で親戚一同集まっていたので気まずい雰囲気になり、炬燵にもぐって見た・・という恥ずかしい思い出があります。

それから思い出・・というよりも今もですが、「ベルサイユ」と「ばら」、そして「べ」という字に敏感に反応してしまう体質になってしまったことです・・
「ベルサイユ条約」とかはともかく、挙げ句の果てには「妖怪人間ベム」でも「えっ」と反応してしまうんです・・


Akirako様

○ヅカばらのチケットを取る為に、初めて早朝からプレイガイドなるものに、並んだ。
○オスカルの長い髪に憧れて、髪を伸ばした。
○アンドレに惚れたお陰で、以後、脇役の片目キャラにぞっこん弱くなった(笑)。
○宝塚に入ろうと思い、声楽を始めた。(でも挫折して受験しませんでしたの〜。
笑)
○オスカルみたいになりたくて、フェンシング部に入ろうとしたが、運動音痴だったので挫折した(わ〜ん、こればっか)

ベルばらで、宝塚ファンになりましたし、はじめておおねだりしてLP(当時、小学生には 4400円のLPはお宝でした)を買ってもらい一日中、「御覧なさい〜」をかけてましたね。

私の小学生から中学生の全て!と言っても過言じゃあないです。
どっぷり、つかってました。(そして、マイブーム再燃、今もです)

語り出すととまらない、こんな作品に出会えて良かったです。



BACH様

1,宝塚「ベルばら 昭和編」をTVで観て、  宝塚ファンになり、今に至っております。
  当時はビデオが無かったので、両親にねだってTV音声の入るラジカセを買ってもらい、
  「昭和 OA編やFM編」を録音してました。  そのラジカセは今も現役です。

2,大学時代からの友人に、髪の色こそ違えども、ムードが原作のオスカル様にそっくりな友人がいて、
  入学してすぐ、正直にベルばらファンである事を打ち明け、彼女を{オスカル様}と呼ぶ許可をもらい、  本当にそう呼んでいました。(ロザリー状態ですねぇ。)
  おかげで、私がベルばらファンだという事がアッという間に皆に知れ渡りました。



紗江様

私が初めてベルばらに出会ったのは小学生*年生。祖母に連れられ従妹達と初めて見た映画が実写版でした。当時何故あの映画を観たのかは祖母も他界し今となってはわかりません。3歳下の妹は実写版を観るたびに「私は隣でやっていたハイジが観たかったのに!!」と今だに言っています。(笑)
当時は内容がどうとかキャストがどうとかは全く理解できませんでしたがオスカルの「お胸をぼ〜ん」のシーンは小学生には刺激的でした今は冷静に「サイズは・・」と考えてしまうくらいおばさんになりましたが。
そうそうもう一つ、アニばら放送中はビデオのない実家で声だけ毎週録音していましたよ。
確かオスカル様が「私を置いていくのかー」のシーンで自分の嗚咽が入っていたのを覚えています。(苦笑)



ぴあにしも様

ベルばらの原作を初めてみたのは友達の本を横からチラッと覗き込んだときでした。それまで、マンガを読むことはあまりなかったのですがどうしてだかそのとき見た絵が、(それがオスカルさまだと後でわかったわけです)気になってついにマンガの本を初めて買ってしまったのです。
全巻そろえたのは後にも先にもこのベルばら以外ありません。

それからというもの、すべてがベルばら中心にすすみ、宝塚の舞台収録のLPレコードを毎日聞いていました。友達との交換日記も日常のなんでもないことをお互いにオスカルとアンドレになりきって書いていました。雑誌の切抜きも大切に持っていました。バラは赤いものと思っていた私は、白いバラが見たくて
花屋さんに買いに行きました。



kakokako様

◆初めてベルばらに夢中になった小6の時、叔母(父の妹)に「しのびこむくちづけってどうゆうの?」と聞いて倒れられた事。今ではその時の叔母の年齢を追い越してしまった私。でもベルばらを思う時のときめきはあの頃のままです。
◆中1の時、とても苦労して手に入れた宝塚の記事(写真入り)を授業中こっそり見ていて先生に取り上げられた事。しかもマズイ事に「今宵一夜・・」のシーンでした(*^.^*)。
◆友達と交換日記でベルばらの物語を書いていた事。今思えばリレーサイド?あと、その友達と原作7月12日の夜のシーンを読んで、テープレコーダーに録音しました(笑)。私はオスカルさま役。あの頃から「こ・・わい・・」の台詞に過剰反応していた私なのでした。



MAO様

ベルばらの思い出」はたくさんありますが、1つは宝塚にのめり込むきっかけになったことですね。小6から結婚するまでどっぷり宝塚にはまっていました。ある生徒さんと仲良くなって、公演の時は化粧前を友達と作ってあげていました。それと猫大好き人間になったのも、やっぱり小6の時「オスカル」と名づけた猫を飼ったことが始まりでした。それ以来何匹も飼っていましたが、ベルばら関係者の名を付けたのは彼だけでした(笑)。



麻里子様

懐かしい思い出ね、
では、リアルタイム読者の強み、まず、漫画を買い、「ベル」関係の本を読み漁ることが始まった。
続いて、宝塚で上演される事になり、「化粧お化け」と毛嫌いしていた宝塚歌劇にどっぷりと嵌ってしまった。
そして、映画が上映されて、再び、「べル」の原作に夢中になる。アニメだけは、初回を見ただけで、どうにも受けつけなかったので初放送は見ていないのです。で、再々放送のおととし、ようやく全て見て、いろいろと思うことが・・・(爆

宝塚で再演されるたびに、原作に嵌り、舞台を突っ込んでしまう私。これって変かしら?(笑
まぁ、人生に多大な影響を与えた大好きな本です。オスカル様は永遠の理想。。



makkie様

「ベルばら」という言葉を初めて聞いたのは小学校3年の時でした。 当時のクラスメイトが母子そろって宝塚ファンで、「舞台を見た」っていうのを聞いた時が最初でした。

「ホントに、死ぬシーンとかで舞台に向かってお客さんが『オスカルさまあ〜〜〜!!』って絶叫して、泣いたりするんだよ」っていうの聞いて、なにやらスゴイ世界なんだな〜〜〜と子供心にビックリしてましたが、その2年後に自分が原作読んで、ここまでハマるとは想像してませんでした。

あの時、「舞台に向かって泣きさけぶ」って想像つかなかったんですが、今、ホントに原作に忠実なストーリーで映画なり舞台なり上演されたら、きっと私も泣くでしょう・・・。
9歳の私には想像つかなかったなあ〜〜(遠い目)



若紫様

 連載当時、私は高校生で、帰宅途中ベルばらファンの友人と毎週木曜日に国鉄(当時)のK駅まで通っていました。ここのキオスクで1日早く『週刊マーガレット』が手に入るからです。本を東京から積んでくるのは、いつもクロネコ(ヤマト運輸)のトラックでした。ですからクロネコの絵を見る度当時を思い出すのです。
7月12日のシーンは1973年の38号に掲載され、ファンの間では、38号と言うだけで話が通じました。「出動をひかえ、ひと晩をいっしょに過したいというオスカルにアンドレは・・・」という予告に、ドキドキしながら発売を待ちました。そして友人と喫茶店に駆け込んで読んだ時の驚き! 今では少女漫画でもこうした
シーンは珍しくもありませんが、当時はかなり物議を醸し、テレビ討論にも取り上げられた程です。それにしても、29年経った今見ても、本当に綺麗ですね。



ゆっち様

・お小遣いは全部ベルばらで消えてました。
・近所のお菓子屋さんには、なぜか本屋さんより1日早く週マが店頭にならんでたの で、その日は学校 が終わると走る走る、全力疾走でお菓子屋さんへ。でも良く考え れば1週間は同じなんですけどね。
・ファンレターってものを初めて書きました。っていうかオスカル様を死なせないで!
 という嘆願書でしたけど
・昭和の宝塚公演は全て制覇し、ハマりました。
・宝塚のチケットプレゼント目当てに不○屋のハートチョコレートを鼻血がでるほど 食べまくりました。か いあって当選!
・目が悪くなりました。マンガの読み過ぎで親に週マを取り上げられそうになったの で、布団にもぐって  読んでいたので・・・。
・オスカル様の紙袋をもらうのに親に頼んでどんな些細なものでも東急で買い物をし てもらいました。



ponta様

ベルばらを知ったのは小学生のころ。
ビンボー人だった私は週マもMCも買うことができなくてでも読みたくて、ずうずうしく本屋で座りこんで読んでいた。本屋のおっちゃんごめんなさい。
それから当然の如く宝塚昭和版ベルばらに嵌った。舞台を見に行くことはできなかったので、やっとのことでLPを買った。でも家にはステレオはなかった。でもどうしても聞きたかったのでEPレコードしか聞けないプレーヤーで無理やりセットして聞いたら傷付けてしまい唯一のお宝LPはガリガリになってしまった(涙)

ただただ恥知らずでおバカな子供でございました(トホホ・・・)



miyuki様

やはりなんといっても、アンドレが死んでしまった時のショックが忘れられません。
あのときはつらかったなあ。
その時私は中学2年生。やっと二人が結ばれて、これから幸せな日々が始まるのだと信じて疑わなかった私は、アンドレの死によって地獄に突き落とされたような感じでした。世の中の無情さに気付き、しばらく立ち直ることができませんでした。勉強も手につかず、しばらく本当にぼんやりしていましたね。オスカルの悲しさがひたひたと心の中に押し寄せてきて、毎日泣いてばかりの日々でしたね。
宝塚の「ベルばら」の天国の場面を見て、「二人のために本当に天国があって欲しい」そんなふうに真剣に思っていました。
今となっては昔のことだけど、やっぱり二人の死は今でも相当こたえています。



マリア様

@初めて読んだのはなぜかMC8巻。 当時幼稚園生でしたが、わんわん泣いた。
A鳳蘭フェルゼンのタカラヅカを見た時 なぜアンドレが歌いながら死ぬのか納得できなかった。
 (これも幼稚園の時)
B少女漫画が好きだった父にベルばらを貸したら いつもMC8巻を読んでいた(笑)。
Cあまりに入れ込みすぎて、普段の会話の中で 思わず「オスカル」とか「アンドレ」とか口走り
 周りの失笑をかっていた。
Dオスカルやアントワネットの絵を描いたりサイドストーリィ的なストーリィ漫画を描いていた
 (これも幼稚園頃から小学校くらい?)



ちっぷ様

ベルばらの思い出といえば、毎日毎日5巻〜8巻を熟読し、妄想に浸る日々を送っていたということでしょうか・・(苦笑)
また、平成版のベルばらをTVで観てから宝塚も好きになりました。
はじめて原作を読んだ頃はまだ小学3年だったので、グッズなどはもちろんイラスト集も買ってはもらえず、お宝と呼べる物は何も待っていませんでした。
先日、古本屋でイラスト集を見つけた時は天にも昇る気持ちで、少々値は張りましたが買ってしまいました。買ってもらえなかったのも思い出、あの時欲しくてたまらなかったものを20年以上経った今、手に入れることが出来たのもまた後に思い出となるのでしょうね。



2たこ様

それは中学に入って直ぐ、いとこの家で何気に開いた週刊マーガレットに載っていた「外伝」に「あら〜なんて美しい方!」←1巻のFを見たロザリーだわ。
その頃違う漫画に入れ込んでいた為と、急いで読んだせい(?)で、すっかり私の頭は「ふ〜ん、ル・ルーが主人公なのねえ、脇の人の方が美人なのに〜」
それからしばらくして、友達のお姉さんがMC1〜3巻を貸してくださり、「えっ?え〜なんでル・ルーがいないの???」申し訳ないっオスカル様、なんてアホな奴だったのでしょう。
それから、ズドドォ〜ンとオスカル様一筋、一直線でした。ええ、初恋でございますわ(ぽっ)
あらゆる方面できる限りお願いしまくり、どんな小さなカットも切り抜き、それを毎日鞄に詰めて登校の日々。秀樹だひろみだ五郎だと大騒ぎしている子らに「なんで男が、人間がいいの?」
と本人大真面目に質問し・・・逆に変人扱いされ、でもとても幸せな中学時代でしたわ。
当時、とんでもない僻地に住んでいたため本屋がない。
帰省してくる親戚の手土産だけがたより「続きが読みたいよ〜」の飢餓状態で、手に入れたMCを何度も何度も読み返し・・・(7巻と8巻の間がチョ〜長くてねぇ、飢餓感はこれでわかってくれますよね)、放課後黒板に端から端まで台詞を書いていたりして。
おかげで暗記はばっちり、退屈な授業や式典はバラ色でしたわ。



海音様

いつもベルばらとともに思い出すのが、中学時代。自分の”ベルばら人生”を決定付けた時期(笑)。
とにかく、とても素敵な友達に、たくさん恵まれました。
私が、まだ何も知らず、ただ「ベルばらが好き」と言ってから・・・。
宝塚にはまっていた友達が、逐一平成ヅカばらの情報を持ってきてくれて、特集雑誌を惜し気も無くくれたり、ビデオを撮って見せてくれたり。
とても絵が上手だった友達が、いろんな素敵なオスカルやアンドレの絵を、小さなスケッチブックにめいっぱい描いて贈ってくれたなぁ。
情報通だった友達が、雑誌の切り抜きやFC情報を持ってきてくれた。
この友人達が、私がハマり、耳年増になっていくきっかけをくれた(笑)。

そうしていくうちに出会った、多くの”ベルばらファン”の方々。
無知で弱輩だった私にも、とても礼儀正しく丁寧に接してくださって、親切にいろいろ教えてくださったり、本を紹介してくださったり・・・。 

私にとってのベルばらの思い出は、たくさんの出会いと優しさ、嬉しさが詰まっていて、ひとことでは言えない、なんだかあったかい思い出。そして、今でも多くの方と、素敵な交流ができること!
友達も、みなさまも、ありがとう・・・!!という感じです。



夜詩様

一番昔の思い出は、いわゆる宝塚のベルばらブームの時に近所の友達と演じたベルばらごっこです。
小学校の1,2年生ぐらいでした。
人の家の塀によじ登り「オスカ・・ル、命だけは大切にな・・・」と言っては落っこちるアンドレをよくやりました〜。私がアンドレで、友達がオスカル様。でも友達はあんまり判っていなくて、私の指導の元、
「シトワイヤン、いこ〜〜〜!」とわけもわからず叫んでいましたっけ。

それから原作を読んだ後、小学校6年の時、同じ友達と公園のベンチで、「もうどこにも嫁がないぞ」ごっこもやりました…。
相変わらず友達は何をやってんだ、こいつ状態でしたが。今度は私がオスカル様で、友達の胸に寄りかかって目を閉じ、気分はすっかりオスカル様。
砂場で無心に遊ぶ小さな子達がギャラリーでした。

そして極めつけは、妹と2段ベットの下段で「愛してる愛している愛している」「いや〜〜〜っ」ごっこをしたことでしょう。そこに母がいたかどうか今となっては確かめる勇気がありません。
妹は当時小学校3年生。話がわかってやっていたのだろうか…?

あとは、学級文庫へベルばら全巻を持っていったことかな。
先生が理解のある人で、マンガでもいいから持ってきなさいと言ってくれて、張り切って持っていきました。「リングにかけろ」や「生徒諸君」と一緒に並べられていましたわ。男子も読んでいたんですけど、どう思ったのかな?担任の先生の髪形がフェルゼンに似ている〜なんて騒いだものです。

そのクラスで卒業記念の色紙が回されたとき、皆でなんて書くか悩んで、ベルばらのセリフを引用する子が何人かいました。
「頭を真っ直ぐに上げ、臆せず、前だけを見つめて…」とか、「心のありったけをぶつけて!!」などなど。
私も使わせてもらったんだけど、どんな言葉だったんだろう。
7月12日のセリフの一つじゃなかったかと今頃になって赤面しています。



midori様

ルジェさまと同様、宝塚フアンになりましたね。もちろん、大きなオスカルのポスターを貼って、毎日眺めてもいました。
それと同じベルばらフアンの方と熱烈的な手紙のやり取りをしてました。
同人誌なんて知らないし、PCなんて無かった頃だから、相手の方からの手紙がものすごく楽しみでした。
 


ピーすけ様

小5の時、友人にコミックを読ませてもらいオスカルの大ファンに。 やはり友人に宝塚の劇場中継の日時を教えられ観て大ファンに なった、お陰でクラス中からベルばら狂といわれる始末...

 その1、自宅の庭に薔薇を植えまくる

 その2、家族とお出かけしても某国営放送の劇場中継日だとそ、の時間に帰りたいが為、駄々をこねて      無理矢理帰ってきた

 その3、折角好きで水泳部へ入ったのに練習の時間帯に榛名由梨と安奈淳の出演しているTV番組が      あると知るや即退部した

 その4、学級新聞には必ずオスカルかアンドレを描いていた。当然教科書やノートはオスカルやアンド       レだらけ

 その5、壁にオスカルのポスターを貼り毎日樹木希林のごとく「オスカル様〜」とやっていた

 その6、毎日コミックを読みまくる(7、8巻はボーロボロ〃^-^〃)
 
 その7 あまりにも「宝塚〜」と言っていた為、中2の時の担任が何を思ったか宝塚音楽学校の
     入学願書を取り寄せてくれた
 
 その8、機械音痴でパソコンも触れなかったのにダンナの「ベルばらのサイトがあるかもよ」
      のひと言でネットにハマる

 その9、同人誌を買いまくる

 その10、孤独だったベルファンを脱出する。
      ネットのお陰で大勢の方と知り合いになる事が出来て幸せいっぱい

 今は亡き友人だが、私をそんなにしてしまったので当時はどうしましょうと思っていたらしい。(彼女は冷めたファンだった...)
私が天寿を全うし彼女に会えたなら「ありがとうね。楽しい人生だったわ」と言おうと決めている。



亜沙香様

☆毎日コミックス10冊読んでました
☆オスカル様のお絵描きBGMはもちろん「薔薇は美しく散る」でした
☆オスカル様のポスターに話しかけてました
☆ベルばらのおかげで宝塚ファンになりました



ルジェ

♪妹の友達から借りたマーガレットコミックスの2巻から読んだので、最初オスカルさまは男だと思っていた。
♪4巻くらいから、薄紙にオスカルさまの絵を描き写していた。(もうこの頃から私は、オスカルさま命!でした 。他の女に目をむけたことなぞ一度もありません)
♪5巻では、早く読みたくて読みたくて妹がお風呂に入っているスキに盗み読みした。
♪8巻の「神に召されて・・」のサブタイルを見た瞬間、目の前が真っ暗になった。
♪midori様と同じく、文通相手が出来た。封筒がはちきれそうになるほど何枚も書いて投函していた。
 しかも裏も表もびっしりオスカルさまのことばかり。彼女とは今でもメール交換しているベル友である。 だが、まだ実際に会ったことはない。一度でいい・・・会いたい・・(笑)
♪「ろおず・めいつ」を創刊して文房具屋でコピーしてもらうのがメチャクチャ恥ずかしかった。
 その後、そこの店員のお兄さんに淡い恋をした。(照)
 けれど、何時の間にかその店はつぶれてなくなっていた
♪日記はいつも、「オスカルさま聞いてください」の書き出しだった。
♪私があまりにも夢中だったため、妹がバカにして、いつも8巻を持ってきては
 「フランスまんざい・・」
と言ってバタリと倒れるマネをしては、私を怒らせていた。
♪飼っていたシャム猫に「マリー」という名前をつけた。
♪高校の図書室で「ドルジェル伯爵家の舞踏会」という本を見つけて借りたが、全然おもしろくない内容でがっかりした。(最初ジャルジェ伯爵と読み間違えていた)
♪卒業アルバムの個人写真に添える私のひと言は
 「自己の真実のみにしたがい、一瞬たりとも悔いなくあたえられた生をいきたい」
 にしたのだが、字が多すぎて私の部分だけ異常に小さな活字になっている。

キリがないです・・・(笑)

                              NEXT
















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