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警報のベルが止んだ。

おそらく無用な混乱を招くのを防ぐ為であろう。

2つのOMFキャンセラー

それは一面の花畑の中、しかも2本しか植えられていないユリの花弁の下にそれぞれ隠されている。

部屋の両脇には背の高いススキ・ヒマワリ群が植えられ中には捜査二課の面々が隠れ犯人が侵入してくる機会を窺っていた。

扉から見て真正面にはチューリップ群が。

そこには明らかに体をはみ出してライフルを構える斉藤

更にその後ろにカメラを構える刻がいた。

「斉藤さん、オレ花粉症なんだk」

「静かにしろ」

鼻をすする刻の発言を重々しい声で遮る斉藤。

そして部屋の中央で堂々と正座をしている女性が一人。

火我は待っていた。

今度こそ捕まえる。

そしてゆっくりその身を上げ

「待人、来る。」頭の中でそう呼ぶ声がする。

ついに、彼女のチカラが捉えたのか、これからやってくるであろう未来を。

(I’m unset・・・・・定まらない私・・・か)

耳をすましてみる刻。

すると確かに、何かが廊下からやってくる。

しかし足の音ではない、彼が聞いたのは滑る音だった。

「来たってよ。まぁ、刻、お前が撮る前に・・・・」

斉藤の眼球から白い部分が無くなる、それがスナイパーアイを使うときの兆候。

そのチカラをスイッチした彼の目の前には如何なる障害物でさえも磨りガラス越しに見た程度となる。

そして今の彼の視覚にはぼんやりとした影が映されていた。

ふと違和感を覚え眉を顰める斉藤。

「ユヅ!来るぞ。」

沈黙を続ける火我。

「おいユヅ?・・・!!」

斉藤が火我の方を見やった時、彼もまた気付いたのだ。

扉の隙間から部屋へいつの間にか白い煙が入ってきているのを。

途端、刻は尋常ではない光景を見ることになった。

周りの、否、部屋一杯に敷き詰められた花が突然萎れ始めたのだ。

「まさか毒ガ・・」

「落ち着いて感じなさい八刀クン。下がってるのよ温度が。あれは冷気」

「そういや・・・寒」

スクープという興奮がいつしか刻から温度という感覚を奪っていた。

肌がざわつく。

全身の毛が逆立つのを刻は感じた。

その原因が煙によるのか、あるいは扉の向こうの何かからなのかはわからない。

その時、部屋全体に糸を張り詰めるような音が響いた・・・耳に残る、凛とした冬の音。

かと思うと段々と氷塊に蝕まれていく扉。

完全に氷に取り込まれたそれは何かの力で部屋の内へ押し倒され、消散した。

そして代わりにそこに現われたのは初老の男性。

漆黒のスーツで身を固め頭にはふさふさと白髪を生やし、顎鬚をたくわえている

正に紳士の好例といった男。

彼はキリキリと音を立てゆっくりと部屋に入ってくる。

キリキリ?

彼は車椅子に座っていた。

その大きな車輪を手で回しながらゆっくりと着実に部屋の中央に向かっていく。

しかしその姿に老いというステイタスは微塵も感じられない。

部屋のピリピリした空気を読めないといった風に老人は呟いた。

「少しお伺いしたいのですが・・・ワイドフューチャー社、というのはここですかな?」

「動かないで下さります?現在、社員の方でもここには入れない事になっていますので・・・」

毅然とした目で老人を見据える火我、正座は崩さず、しかし地に付いた掌には木刀が添えられていた。

その言の葉が聴こえないかの様に一方的に喋り続ける老人。

「ここにOver Man’s Friendの効果を失わせるOver Man’s Friendがあると聴いたのですが・・・

あるだけ譲っては頂けないでしょうか?いや、誠に勝手な要望ではあると思いますが・・・」

「貴方、I’m unset のメンバーでよろしい?」

そちらがその気ならこちらも聴く耳を持っても無駄だ、それが火我という女性の持論である。

そして彼女がこのような状況で決まって行うことがある。

手の中の木刀を地面に打ち付けること・・・斉藤の発砲を許可するサインであり、法を犯そうとする者への制裁の合図だった。

部屋の「赤」が揺れた。

ライフルの反動でチューリップが宙に何本が飛ぶ。

その瞬間、斉藤の放った弾丸は老人の車椅子の車輪を一組まとめて射抜いていた。

「確保!!」

火我がそう叫び、潜んでいた隊員が儚き花を踏み散らしながら老人との距離を一気に縮める。

しかし既にその老体の姿は元居た場所の三歩前に存在していた。

「足が使えないってのは見た目だけか」斉藤が毒づく。

「一応ここで捕まりたくはないのですが・・・」

老人はそう呟くと咄嗟に飛び掛って来た隊員の一人の顔面をその白い手袋で鷲づかみにした。

蛇の如く伸びたその腕に捕まった隊員の肌が見る見る内に血色を奪われていく。

「オーバーマン、それなら私がやらないと」

正座を崩し瞬時に間合いを詰める火我。

「やはり見せ場では技の名前を叫ぶのがセオリーですが・・・雪国。」

全身の体温を奪われ力尽きた隊員を火我へ放り投げ足を止める老人。

その四肢からはさっきの輝く煙が黒板消しから出るチョークの粉の様に吹き出ていた。

「いかん皆伏せろ!!」

斉藤が言うが既に時遅し、その部屋は氷塊にされた隊員達で埋め尽くされてしまった。

火我だけは先に放り投げられ氷漬けになった隊員が盾になり冬に屈せずに済んだ、がその表情は苦渋に満ちていた。

「な、なんかまずいんじゃないの」

冷気でダメになったカメラを持った八刀もまた斉藤の近くに潜み難を逃れていた。

 

「国境の長いトンネルを抜けると、雪国であったのですが・・・」

 

 

〜中央棟〜

一連の雪祭りを監視カメラで見ている者がいた・・・山ヶ崎 常二。

「何が起きた・・・警察が皆その場で動かなく」

モニターを叩き独り言を漏らす。

そこに

「部屋の花が萎れています。毒ガスかあるいは超低温かと推察します。」

ドアが開き監視室に入ってきた秘書の与謝野の一言。

「遅いぞ与謝野クン何をしてた」

「すみません少し化粧室に」

「犯行が始まってるんだ!!・・・しかし老人一人?犯人はグループ、3人だった筈。こいつは覆面もしてない!」

「おかしいですね社長、しかし覆面の犯人達は今カメラに映っていません、一旦彼だけで乗り込んだのではないでしょうか?」

「何にせよこのままでは私のOMFキャンセラーが奪われてしまう。与謝野クン!防護服の用意だ。あとウチの警備を総動員しろ。我々も行くぞ」

「そうですね社長、でも警備に連絡する必要はありません。このまま私と参りましょう」

「何だと・・・与謝野クン」

「彼だけがOMF使い・・・オーバーマンであるとは限らないということです社長。」

栗色の長い髪が緩やかに靡いた。

 

 

OMF展示室を抜けると雪国であった。

そこには初老の老人が一人、立つていた。

「なるべく抵抗しないで頂きたかったのですが・・・」

その掌には既にOMFキャンセラーが握られていた。

(斉藤さん、これからどうするつもりですか?)

ヒソヒソと問いかける刻に斉藤が応える。

(耐冷気装備の除雪隊に応援を呼んでおいた、到着するまで時間を稼ぐ)

離れた所で倒れている火我には連絡できない、カメラも壊れた、この状況でできることが何もないことが刻には苦痛だった。

この間にも老人はまだ一人噛み合わないコミュニケーションを取り続けていた。

「さて、これからどうするかですが・・・」

それが火我達にとって不幸中の幸いだと思われていた、

「ご苦労様、カワバタ、後は私に任せて」

彼の言葉に応答する語が部屋の外から聴こえた。

「ええ、少々疲れました、遠慮なく休ませて頂きますが・・・」

そこに現われたのは二人の男女、山ヶ崎と与謝野だった。

「ヨサノさん・・・隣の方はここの社長さんですか?実にお若く見えますが・・・」

「そ、今から殺そうかなと思って。ですよね社長?」

言うと、山ヶ崎の首筋にヨサノの頭から尋常でない量の髪が伸びた。

「みだれ髪・・・いつも通りえげつない。美しいですが・・・」そう言いカワバタと呼ばれる老人はその場を後にした。

「お、おいおい殺すなんてあんまりじゃないか。ボクが何したって言うんだい?」

山ヶ崎 常二、危機の下で饒舌な男であった、何度謝罪会見に立たされそうになったか、その度にこの口で保身をしてきた。

「なかなか良いものを作ってくれたという事です。今後は私達がアレを使わせてもらいますので、口封じと思いまして。」

「馬鹿なことを!ボクは一人でも多くの日本人の生活をOMFによって有意義で豊かなものにしたいと思っているだけだ!このキャンセラーは犯罪のために開発されたものではない」

「社長もう少しお静かにしてて頂けませんか?もうすぐ同僚がもう一人来る予定になっていますので。」

そう言うとヨサノはどんどん増幅する髪を部屋全体に張り巡らせ始めた。

 

その光景を這いつくばる形で見ていた刻。

(あの秘書・・・よろず屋だったのか。斉藤さん)

(ああ、しかしもう一人か・・・あんなのが三人もか、畜生!)

 

その時だった、扉の無くなった展示室に最後の招かれざる客がやってきたのは。

それは実に穏やかに侵入してきた。

漆黒の布を全身に包んだ者。

既に部屋にいるヨサノに目もくれず部屋を探し回っている。

(斉藤さん、あいつ何かおかしくないですか?)

(そうだな、OMFキャンセラーが目的じゃないのか)

その者は1分程調べた後、腕に巻いた時計を見ては、驚いた素振りですぐにその部屋を出ようとする。

「何やってるのよ貴方、カワバタから聴かなかったの?」

呆れた風にヨサノが尋ね、黒ずくめの者はその場をさっと後にした。

これだけ時間があったにも関わらず刻達は動くことができなかった。

山ヶ崎を人質に取られていたし、近くに倒れている火我に無用な危害が加わるのを恐れていたからだ。

しかしいざという時、斉藤には撃つ覚悟はできていた。

それが今だった。

「社長、もうそろそろ「お殺し」してもよろしいでしょうか?スケジュールが詰まっていますので・・・」

ヨサノが前髪を振り上げる。

山ヶ崎が目をつぶり、斉藤が最早これまでとライフルを構えた。

その時、部屋中に張ってあるヨサノの茶髪が入り口辺りでピンと動いた。

ほんの些細な揺れ、それに気付きヨサノは振り返る。

その瞬間・・・その一瞬の隙にそれまで倒れていた火我が立ち上がり山ヶ崎の喉下に突き付けられた髪を木刀で斬り捌く。

「くっ・・・社長、今回は命預けておきます。本当の先客が来ましたので」

ヨサノはそう言うと山ヶ崎に収束していた残った髪を解き、その分を扉のあった方向へ向け放った。

(ユヅがやったか)

(流石、火我さん、でもあの秘書何にあんなに気をとられてんだ?)

構えるだけで終わったので少し寂しそうな斉藤、そして刻はこの空間に何か違和感を感じていた。

山ヶ崎の代わりに向けられた髪は誰もいない場所に突っ込んだ・・・だけかと思われたが

そこからほんの微かに呻き声が漏れたのを刻は聴いた。

そしてぼんやりと何かが姿を現す、それがさっきの黒ずくめだと分かるのに時間はかからなかった。

「まだいたんですか?早く戻らないと警察の方に捕まりますよ」

舌打ちのような音を出しすぐに退散する黒ずくめ。

「さて・・・私もそろそろ戻りましょう、社長もお元気で」

「ふん、そうはいかないんだな与謝野クン!!」

髪から解放された山ヶ崎の腕にはいつの間にか一つのOMFが癒着されていた。

「それはOMFキャンセラー!?もう一つあったというの?」

勝ち誇る山ヶ崎

「そう、ボクが保管していたんだ。キミのOMF・・・確かあの老人が言ってた、みだれ髪・・・だったよな?これがあればキミは唯のワイドフューチャー社元秘書だ。警察の方々確保を!」

火我と斉藤がすぐさま手錠をかけに詰め寄る。

「ここまでね、よろず屋サン。ご協力感謝します社長」

「当然のことをしたまでだよ、八刀クンこれでスクープの心配はなさそうかい?」

髪を掻き揚げる山ヶ崎。

「いやー・・・一度に色々な事が起きてるんでまだよく頭の中、整理できてないんですよ。」

「ああ、ボクもだ・・・一つキャンセラーは奪われてしまったワケだしな。逃亡した二人も気になる。」

「それらのことは全部こいつに署で吐いてもらうつもりです」

手錠の鎖を揺らし斉藤、それに対しヨサノは微笑みながら呟く。

「捕まえて頂き有難うございます・・・」

「ちっ、負け惜しみのつもりか?言いたいだけ言えばいいさ。」

 

現場検証・・・事情聴取・・・etc

事態が沈静し全てが納まった時、夜が白み始めていた。

 

 

ワイドフューチャー社OMFキャンセラー窃盗事件。

この一連の中でオレは全く活躍することができなかったワケで

少し凹んでるんですがこの事件が世間ではどのよーに言われてるかを話しておきたいと思います。

犯人を一人捕まえたにせよOMF強奪を阻止仕切れなかった結果により

警察の権威が再び問われることになった。

一方ワイドフューチャー社は犯人逮捕に尽力したとゆーことで民間企業の鑑と祀り上げられ

違法OMF開発の疑いはうやむやになっちまいました。

この件でOMFキャンセラー販売の要望が高まったのも当然なワケで。

かく言うオレはカメラが壊れちまってスクープ写真は撮れず終い、でもこの目で何を見たかははっきり記憶してるつもりです。

そんで確信しました。

オレの知らない場所で確実に何かが動き始めてることを。

 

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