敦 煌・莫 高 窟


ホテルから車で数分走ると遠くに砂丘が見える。敦煌が砂漠のオアシスということを実感。
暫くすると砂漠の真っ只中。砂漠の中に電柱だけポツンとが立っているのも面白い。
莫高窟に到着していよいよ窟の中へ。日本人のグループ(20名程か)の最後尾に並ばされる。受信機を渡され,専門ガイドに引率され,窟を渡り歩く。
撮影禁止区域から出て,「敦煌莫高窟芸術館」へ。模写された壁画なんかが置いてあると思ったら…土産物店であった。

これでお終い!という感じだったので,ツアコンの梁さんに「特別窟を見学していない」と訴えると,「今日は見学客が多すぎるので入れない」とのこと。
そんな馬鹿な!日程では見学することになっているので,梁さんに交渉してもらい(30分くらいかかった)入れるようになった。しかし,入り口では…
すんなりとは入れず,係員と多少もめていた。
特別窟はすべて施錠されていて,いちいちその窟を管理している係りを呼び出して鍵を開けて貰い,中に入ることになっていた。
管理者,ガイドと我々二人の4人だけで移動。明らかに一般客とは違う扱いで,優越感すら覚えた。
窟の中では一般窟のように団体で説明を受けるのではなく,ガイドを含めて3人だけ(鍵の管理者は解錠したら,窟の外で待っていた)なので,ゆったりと
見学できたし,質問もしやすかった。

ホテルの窓から砂丘が見える

朝,起きたら窓から砂丘が見え,感動。ホテルは五階建て。


我々の部屋は敦煌賓館の四階。このホテルは敦煌では1,2を競うホテルで


あるとか…「政府の高官も宿泊するホテルですよ」と梁さんに言われた。


この写真のホテルらしい建物は敦煌賓館とはちがうよ〜

仏教美術の頂点とも言われる塑像や壁画が納められた「莫高窟」の右方向(北の方向)


からの遠景。下の写真,朱塗りで九層楼の建物(第96窟)の上部が木立の右上に小さ


く確認できる。


砂・砂・砂…何も無いところに,突然現れる緑−オアシス−に自然の営みの不思議さに


感動。

莫高窟遠景
第96窟

第96窟・莫高窟の最大窟でシンボル的存在。


莫高窟の中はすべて撮影禁止で,皆さん仕方なく(?)この建物を柵の外から撮って満足


している様子。この第96窟は武則天によって,695年頃に造営されたが,この朱塗りの


建物は清代に建てられた。毎年4月8日にこの弥勒大仏(高さ34.5m,幅12.5m)の回りを


3度回り,幸福を願うとのこと。ここで疑問が…


花祭りはお釈迦さまが4月8日に生まれたという伝承に基づいている…なぜ弥勒さま?

高校生と思われる一団(ボランティア?)


莫高窟のアチコチに立っていて,隠し撮りやゴミのポイ捨てなどに目を光らせているよ


うであった。内緒の話だが…2女さんが壁に触ったら,すかさず「触らないでください


!」と注意された…


この集団はこの後まとまって消えていったので,休憩に入ったのだろうと推測。

ボランティアの高校生?
見学を待つ観光客

この写真と下の写真は窟に入って説明を受けている先のグループが出てくるのを待って


いる様子。中国の人たちが整然と並んでいるのに感動…


北京オリンピックが開催されることが決まってから,駅・遊園地などでチケットを買ったり


電車・バスに乗るときは,我先にではなく,整列しましょう!なんてキャンペーンがアチラ


コチラで,時にはオフの兵士をかり出して行われていたのを思い出す。

オアシスといえども砂漠の中。冬季には仕事が出来ず(大陸性気候)修復作業は11月


くらいまで?この写真を撮った日は朝は5℃,日中は25℃とのことだった。

調査・修復が続く莫高窟
修復のための作業員?

駐車場から莫高窟への取り付け道路でのショット。


昼休みが終わり,作業場所へ移動する直前。


写真左の木立を抜けると莫高窟。写真右奥の砂丘が莫高窟の右翼(北側)。


写真右の手すりは堤防の柵。砂漠で川?と思われるでしょうが…このページ最下段を


ご覧頂ければ川でなく,河と表現しても良いことがお分かり頂けますね?


この時期ですから水は殆ど流れていませんが…

保護する価値がないのか,今以上に悪くならないと考えられているのか…


この写真や下の写真のように,露出している壁画が残っていて,柵の外から撮影できた。


今回の旅のお供をしたレンズはデジタル用18〜200mm。CF(コンパクトフラッシュ)


は16GB。普段の撮影では4GBのCFを使っているが,砂漠の中でメモリーを替える勇


気はなく,8GBのメモリーを買うつもりで栄・名古屋駅・ネットをウロつき回り,結果的に


(世の中はゼニ?…(^^;; )海外向け製品−・メーカー保証なしの16GBを購入。


多少の心配はあったが,結果オーライ。旅行中1500枚強の写真を撮ったが,CFを取り


替えることはなかった。

壁画保護のために扉が作られている
露出している壁に所々壁画が残っている

飛天の姿がはっきり見てとれる。ガイドの説明によれば飛天の体の色は元々,白色だった


ということで,多分,古代から使用されてきた白色顔料,鉛白(塩基性炭酸鉛)と思われる。


組成は2PbCO3Pb(OH)2。長い年月でPbO2に変化し,黒変したと考えればつじつまが合う。


敦煌では市を上げて「飛天の里」を謳っている。街路灯の飾りも街路灯の基礎部分も,飛天


がモチーフになっていた。


街の中心に立っている像も,背中にかついだ琵琶を演奏する(琵琶を見ないで)飛天だった。

莫高窟は敦煌の東南25kmの鳴沙山東麓の岩壁に掘られている。この写真の,明らか


に人工的な部分は,いわゆる敦煌文書の発見以降,20世紀後半になって窟内部の壁


画などを守るためにつくられた施設。


07年には本格的な保護プロジェクトが始動したが,甘粛省は経済が立ち遅れた地域。


資金不足のため思うような活動が出来ないのが現状。


敦煌研究院の樊院長は「資金不足を補うには観光収入に頼るしかないが,保護活動に


とってはマイナスだ」と矛盾に頭をかかえているとか…

莫高窟
莫高窟最左翼

この写真は莫高窟の最左翼(南側)。岩肌が完全に砂に埋もれている。流石にこの辺りま


で来る観光客はいない。ツアー最少催行人数2名という設定に感謝。莫高窟は敦煌市の


東南25km,鳴沙山東麓の岩壁に掘られており,石窟の長さは約1,618mで、掘削は紀


元366年に始まった。現存する石窟は492。殆ど未公開。


我々が見学したのは第16,17,96窟と特別窟の第57,158,322窟。


湿度,温度,CO2の測定装置を設置している特別窟もあった。高松塚の失敗がここでも


繰り返されぬよう,日本のアドバイスが生きているような…


莫高窟の入り口への取り付け道路・作業員がリヤカーに乗っている写真を撮った位置か


ら数m,駐車場の方向に戻った橋の上から莫高窟の右翼(北側)を撮ったもの。本当は,


すぐ上の最左翼(南側)で撮ったような写真を撮りたかったが,往復で2Kmは歩きたくな


かった…歳はとりたくないものだ…


6名ほどの人が歩いているのは川底。駐車場(土産物店?)へ早く行きたい?


この写真で分かるように,川幅は結構広いし,深い。殆ど降らないといっても,一旦雨


が降ると,とんでもないことになるらしい…

莫高窟右翼

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