笹沢左保




突然の明日
ストーリィ
家族団欒。円満な家庭に訪れた一つの悲劇。それは長男の死によりもたらされます。しかもただの死ではなく、殺人事件の容疑者として。家族に訪れた突然の明日。長男が亡くなる前に見掛けた女性は何者なのか。抑も本当に犯人だったのか。事件は東京と九州を股にかけたアリバイが焦点となっていきます。
感想
昭和52年の作品です。家族団欒、平成の世の中ではどんどん失われつつあるものが、作品ではしっかりと存在しています。人々の考え方すらも、すっかり過去の遺物に。この作品が書かれた当時は、まだ当たり前に存在していたのでしょう。犯人やアリバイに関して特筆することはないのですが、時代を反映した作品の世界、雰囲気はこういう作品において重要なファクタだと思います。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



炎の虚像
ストーリィ
押しも押されもせぬプロデュース・ディレクタの加古川。重要な撮影がある日、彼は現場に現れず、連句もとれず。撮影の中心的人物の行動だけに大問題となりますが、やがて事故だったことが分かります。ところがその証人が続けざまに死を遂げることに。
感想
テレビ業界のどろどろした雰囲気が最初から漂います。実際はどうなのか知りませんが、作品では嫉妬と野望の世界と云う感じ。中番からは加古川の友人北見が中心となってストーリィが進みます。ここで一気に雰囲気が変わり、軽くなる感じ。ちょうど一人の人物が登場するのも雰囲気を変える要因になっているのですが、何故その人物が登場する必要があったのか、最後まで分かりませんでした。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



空白の起点
ストーリィ
保険調査員。保険が支払われる際に疑わしいところがないかを調べるのが仕事。保険会社がそれぞれ抱える調査員、その中に周囲を寄せ付けぬ影のある男がいます。彼の名は新田。他会社の調査員と共に調査から帰る列車で、飛び降り自殺を目撃した新田。そこに作為を感じた彼は独り調査に乗り出します。
感想
新田と云う独りの男が、作品全体の雰囲気に大きく影響しています。兎に角他人を近づけたくない、独りでいることに安心感さえ漂わせる新田。そんな彼が気になる他外車の女性調査員や、事件の関係者。目もくれぬ新田ですが、その行動は常に淋しげです。最後の最後までそんな雰囲気が続きます。統一された雰囲気は良いのですが、どこかに救いを求めたくなるのもまた真理かと。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



泡の女
ストーリィ
結婚から約一年。夏子の気弱な夫達也は、義父殺しの疑いを掛けられます。実父の死のみならず、夫に疑いが掛けられ苦しむ夏子。起訴までに残された時間は僅かに3日、72時間。夫を救うため、真実を明らかにするため、夏子は行動を起こします。
感想
在り来たりな感もありますが、やっぱりこう云う設定は面白い。問答無用に読者を作品の中にどっぷり引きずり込んでくれます。限られた手掛かり、限られた時間。信頼できるのは誰か、真実は何処。夏子が奮闘する様は、時に強く、時にか弱く。強いだけでないところが重要です。終わり方も良い感じに効いています。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



結婚って何さ
ストーリィ
つまらぬことで意地を張り、職を失った若い二人の女性。憂さを晴らすため「とにかく飲もう!」と街へ繰り出します。かなり酔いが回ったころ、二人の会話に一人の男性が割り込みます。意気投合した3人は共に飲み続け、3人で泊まります…が、起きてみるととんでもない事態に。
感想
「会社なんて辞めてやる!」 誰でも一度は思う…かどうか、定かではありませんが、思っても云えない一言の一つでしょう。それをあっさり冒頭で。そこから急展開。事件に巻き込まれるまでの道程が最短距離です。ゴールまでも一直線。スピードがありすっきりとした読了感に花を添えたのは「結婚って何さ」です。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



傷だらけの放浪
ストーリィ
刑務所から出て来た60歳の男性と、元妻が画策する背後にあるのは老後の不安。二人には娘があり、妻の兄(資産家)の養女になったものの事故死。現在は別の娘・千秋が新たな養女となったのみならず、兄は結婚相手を…。義兄を殺害するしかないと唆す男に引きずられる元妻だが、先を越される形で兄は何者かに殺害されてしまう。養女の千秋も疑いをかけられ、職も男も失い絶望の淵へ。若年刑事、矢代が事件を見つめます。
感想
悪者の男女ですが、どこか憎めぬ感じ。計画が杜撰で、曖昧で、兎に角いい加減。そんな二人の視線で進むシーンと、被害者の養女・千秋の視線で進むシーンが入れ替わるのが面白いところ。悪役視線だけでは軽過ぎるし、千秋の視線だけでは普通過ぎる。それらがミキシングされたところに、アクセントとなるのが矢代刑事。派手さはありませんが、存在感は十分でしょう。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



人喰い
ストーリィ
二人きりの姉妹。遺書を残し、恋人と心中したはずの姉。しかしその死体は見付からず、発見されたのは男一人。果たして姉は本当に死んだのか。今も生きていて、様々な事件を起こしているのか?! 妹は真相を探り始めます。
感想
良くあるパターンではありますが、左保にしてはちょっと珍しい印象です。渦巻く人間関係。重要なのは真相ではなく、そこに至るまでの過程。サスペンスの魅力が存分に味わえるでしょう。やっぱりテレビ向きな構成かとは思いますが。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



衝動ゲーム
ストーリィ
若者が起こすちょっと異常な事件を取り上げた短編集です。

 「とっても殺意」:覗き見が歪めた受験生の心
 「とことん心中」:心中を企む少女と、それに巻き込まれた男
 「ごきげん凶器」:復讐に失敗したものの、替わった凶器で再び復讐を
 「ばっちり視線」:延々と車を尾行された男女の心理
 「こんなに愛情」:残飯をもらって生活する若い男性
 「うんざり血痕」:年の離れた夫婦の間に入った男
感想
作品はちょっとひねった感じがあり、それを反映した題名になっています。統一性もあって、良い感じ。どれもちょっとした異常性が、読み手を惹きつけます。中でも尾行された男女の心理描写は、ちょっと麻薬的な魅力が作品から溢れています。残飯を貰うちゃんとした身なりの男性、その設定も素晴らしい。どれも異常なだけでなく、リアリティが十分であることもポイントでしょう。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



シェイクスピアの誘拐
ストーリィ
ちょっと毒のある作品がまとまった短編集です。良作が多い感じ。

 「シェイクスピアの誘拐」:有名役者が上演中に台詞を変えた訳とは
 「年賀状・誤配」:誤配された年賀状から宛先人の推理を進める二人
 「知る」:癌に冒された女性は誰に殺されるのか
 「愛する人へ」:誕生日に雪が降ると良いことが…
 「盗癖」:『学者さん』と『低能さん』の愛人関係
 「現れない」:死んだ娘の恋人は何故通夜にも姿を見せない?!
 「計算のできた犯行」:借りた金を一旦返さないと貸してくれない女
 「緑色の池のほとり」:土地の人が近付かない池にまつわる話
感想
短い作品ばかりですが、起承転結がしっかりしているため物足りなさは感じません。表題作の「シェイクスピアの誘拐」は本格色の強い作品。たった50ページですが、長編に出来るくらい内容の濃い感じです。綺麗な作品は「現れない」。こういうのは大好きです。男嫌いな20代後半の女性が恋した男性を、誰も見聞きしていない。彼女から母親と友人だけはその存在を聞いていたものの、彼女の通夜にすら現れない。何故か…と云う謎を鮮やかに演出しています。「緑色の池のほとり」はちょっと変わってホラー系ですが、これも綺麗な印象です。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



もしもお前が振り向いたら
ストーリィ
バーの経営者兼ママ、十津川英子が殺害された。有力な容疑者として浮かび上がってきたのは、事件の数日前に出所したばかりの男、沖圭一郎。被害者は過去に、沖の有罪を決定的とする証言をしています。沖に目を付けた荒巻部長刑事は、事件当日アリバイを調べます。九州へ飛んだ荒巻刑事は容易にアリバイを崩しますが、再度アリバイを主張する沖。しかしそれすらも明らかな嘘であることが判明。沖は何故嘘のアリバイを主張したのでしょうか。
感想
簡単なアリバイ物ではありません。簡単に嘘と分かるアリバイを主張する沖。それは何故なのか、と云うところがポイントです。そして題名が秀逸です。題名とは作品の顔です。一言で作品全体に関わり、全てを表し、でも内容は想像しきれない。そんな感じです。もう一つポイントとなっているのが、荒巻部長刑事と行動を共にする御影正人。彼は宝くじの50万円が気になって仕方がない。それが控えめだけれど、しっかりとしたアクセントとなっています。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



時計の針がナイフに変わるとき
ストーリィ
テレビプロデューサの夏八木鉄人の愛娘が誘拐された。犯人は、夏八木に自殺せよと要求。犯人の妻を殺したのは夏八木だと思いこんでの犯行でした。犯人の思い違いを正すには、警察が1ヶ月かけても見付けられなかった真犯人を捜し出すことしかない。夏八木は愛人と二人、残された僅かな時間に命をかけて挑みます。
感想
何と云っても題名が素晴らしい。たった一言の題名で、作品全体をとてもしっかりと表現しています。刻々と過ぎゆく時間は、夏八木の首にナイフが近付いていく様。限られた時間の中で真犯人を捜すと云う設定自体は少なくありませんが、犯人の要求が「自殺しろ」と云うところはちょっと変わっています。身代金の受け渡しも存在しない誘拐です。実際にこんな事件が起きたら、手も足も出ない、でしょう。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る



夜明け
ストーリィ
元刑事のタクシー運転手、夜明日出夫のシリーズ作。夜明がある晩熱海まで往復で乗せた3人の女性グループ。その1人が或る事件の容疑者としてあがります。しかし彼女のアリバイは夜明のタクシーに乗っていたことにより確定します。刑事時代の後輩に請われて事件に関わる夜明は、自らの証言で確定したアリバイを崩すことになります。
感想
テレビドラマで人気のシリーズです。タクシーの運転手としてはちょっと乱暴すぎる夜明。客によって態度はコロコロ変わるし、売られた喧嘩は買っちゃうし。さらに事件の調査に来た刑事を証言と引き替えに、自分のタクシーに乗せてしまうのはどうでしょう。しかも刑事が乗る! そのお金は捜査費として出るんでしょうか…。と、重箱の隅っこが気になったりもしますが、非常にテンポの良い作品です。夜明のタクシーに乗った女性が事件と関わりを持っているらしく、アリバイは夜明の証言で確定。このシンプルな設定だけで一つの作品を完成させる、それが作家と云うものなのでしょう。
笹沢左保リストへ   感想へ戻る