袁家の滅亡



官途の戦い後、失意の袁紹は後継者をきちんと決めぬまま死亡。

袁紹は3人の息子がいたが、長男袁タン、三男袁尚が争い自滅。
曹操は巧みに袁家の勢力を潰して行った。

袁タン VS 袁尚

残された二人の実力者、張燕と踏頓単于はその後どうなったか。

張燕
まず張燕。
もともと反袁紹派であった張燕は自らの勢力をそっくりそのまま 曹操に献上。
曹操に歓迎され、平北将軍に任命された。


踏頓
次に踏頓単于、
もともと袁紹の一派であり、
曹操に敗れた袁紹の次男袁キ、三男袁尚を かくまった。

曹操は郭嘉の進言を受け入れ万里の長城を越え、踏頓を攻撃。
たった一度の戦いで踏頓率いる烏丸軍を撃破。踏頓を斬った。
結果、勇猛な烏丸騎馬軍をそのまま手中にした。

郭嘉

この遠征の途上で曹操の信頼厚き郭嘉は病を発し夭折した。
曹操はそのなきがらの前で号泣した。

曹操 郭嘉・・・。
我が陣営の中で最も若いそなたが死んでしまうなんて。
そなたに将来を託そうと思っていたのに・・・。
惜しいかな郭嘉。悲しいかな郭嘉。
オオオオ。

袁キ、袁尚は更に東に逃れ襄平の公孫度に身を寄せたが、
宴の席で二人ともども殺された。

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