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PM6:47
港区 六本木
夜になっても道を歩く人はいっこうに退こうとしない、街。
まるで無理矢理詰め込まれた玩具箱の中身のような、街。
六本木第4ヒルズ。
不景気の煽りを受けた元祖六本木ヒルズは既に無く、都市の北東部に突き立つ建造物。
人々の娯楽意識の拡大につれて増大する建物、これはその中の一つである。
そしてその真向かいにある近代的なデザインの半円型の建物。
OMF開発有限会社ワイドフューチャー
そこに現れた男、新日本警備監察庁報道課 八刀 刻。
今宵何が起こるのだろう、そんな緊張と興奮が今の彼を支配している。
犯人をこのカメラで撮る事。
それが心をざわつかせる-----ホンノウ。
捜査二課には悪いが犯人が捕まろうと逃げようとそんな事は正直どうでもよかった。
自分は真実を伝えられるだろうか。
いや、伝えなければならない------使命なんて格好つけ過ぎ・・・けじめ、彼の、ケジメ。
カメラを固く握りしめ、ゆっくり扉の前に立つ刻。
重厚そうな扉が自動で開く、まるで誰かが待ち構えているかのように。
誰もいない受付ロビー。
向かって左には2階へと続く螺旋階段。
「アポイントは確かにとったもんな・・・・・よし」
シンと静まり返っているロビーで一人つぶやく声だけが響く。
登る度にカツカツとリズムよく鳴る階段。
これは明らかに罠である
誰もがそう感じるであろう。
刻にもそう分かっていた。
でもその足は引き返そうとはしない。
もしかしたら・・・・泥棒騒動に乗じてこの会社の本性を暴く事ができるかもしれない。
そんな浅はかな野望が彼を歩かせていたのだった。
そしていつしかある部屋が目の前に現れた。
開け放たれたドア、その奥に見えるデパートの宝石売り場の様な部屋。
四角く囲まれたカウンターの上にガラスが張られているのが見える。
おそらく何かが・・・・・宝石売り場で宝石が展示されているのと同じ様に。
これだけあからさまに置いてある物が何かモノダネになるワケがない。
そう思っていてもつい進んでしまう足取り。
一歩また一歩、そしてドアの奥に踏み入ろうとした、その時。
プルルルルルルルルルrrrrrrrrrrrrrr・・・・・・・・・・・
耳がおかしくなりそうな音で警戒ベルが騒ぎ始めた。
見つかった・・・
いや多分会社に入った時点で見つかっていただろう、そう思う刻。
それ位でなければ今宵の出来事に対処する事等不可能だと思ったからだ。
「ふうっ・・・ま、潔く怒られようかな・・・・」
その場でとりあえず座り込む刻。
自分は別に悪い事をしていたワケではないし、とりあえず勝手に入った非礼を詫びる事にした刻だった。
その内にどこからか警備服を来た男が一人、現れた。
手には警棒を握っている。
「君、どこの人?」
サクッと尋ねる警備員。
「えー・・・一応警察のモンです」
そう言い、ポケットから警察手帳を取り出し中のカードを見せると、ぱっと刻の顔がホログラムで中空に映し出される。
「警察の方は9時に来るって聞いたけど?」
「あ、オレ報道課なんで先に社長サンにインタビューさせてもらおーと思って」
「無断で入っちゃ駄目でしょ?」
「あーすいません。受付の人いなかったんでつい。」
無愛想な警備員だなー・・・・
思い、自分もつられて口調がぶっきらぼうになる刻、だからいつもが丁寧だとは言い難いのだが。
「今日は休みなの。社長も忙しいの。君に応対してる時間ないの、社長も僕も!」
「・・・あんまりそーやって上から物見て話すの良くないですよ」
途端、警備員が地面に警棒を叩き付ける。
ベルがまだ鳴り続けているのでその音は掻き消されたが。
「君、何様?もう帰ってくんない。これいじょ」
「警備員サン。」
突然言葉を遮られキリキリと振り向く警備員。
「ハ?」
そこにはショッキングピンクのスーツを着たオールバックの若者。
「まぁー今回はボクに免じて・・・・・ね?」
そう言い警備員の肩を叩く。
「!社長・・」
警備員がそう呼ぶ男、ワイドフューチャー社長、将来を約束された青年事業家、山ヶ崎 常二、その人だった。
「これで一次テストは完了したから次はこの会社全体に設置してくれ、総動員でね?後、ベルももう消していいよ。」
そう言い柔らかに微笑む山ヶ崎。
「ハイ・・・わかりました。」
一度舌打ちをして警備員はそそくさと消えていった。
山ヶ崎は警備員が消えるのを見送った後、刻の方に振り向いた。
ドぎつい色のスーツに目を傷めながら正面を見る刻。
「警察庁所属、報道課の八刀です。ヨロシクお願いします。山ヶ崎社長。」
「こちらこそ。にしてもすまないな、驚いただろう?」
「・・・それはこの会社の警備員に対する教育の仕方に、ですか?」
言いたい事は言う、それが刻。
「ククハハハ・・・そんな事を言われたのは初めてだよ。やーすまなかった。」
山ヶ崎は少し面食らった後、苦笑して見せる、社長の余裕。
「いえ・・・こちらこそすみません。勝手にお邪魔してしまって・・」
「いや、構わないよ。むしろ入ってもらいたかったのでね。」
続ける山ヶ崎。
「実はね、今日の為に設置したサーモグラフィーセキュリティの機能を試してみたのさ。あまり君には驚いていただけなかったようだがね。」
「あまりに何かあると思わされていたので・・・・・・・ところでサーモグラフィーって?」
「ああ、設置した部屋の熱源反応を感知するセキュリティシステムだ。これがあれば生き物はその部屋には勝手には入れない。」
「それが・・あの部屋だったって事ですか。」
「そういう事だ。休憩室を案内させよう。君は他の警察の方々が来るまでそこで休んでいるといい。与謝野クン!」
そう言い山ヶ崎が指を鳴らすと眼鏡をかけた女性がどこからか現れた。
背中まである茶色がかった長い髪を揺らし、刻の方に向かってくる。
「秘書の与謝野です。」
「あ、どうも。」
「ではこちらです。」
「うん、それじゃあゆっくりしていてくれ給え。」
そう言いその場から立ち去ろうとする山ヶ崎。
「あ、もうちょっとすいません」
それを見て咄嗟に引き止める刻。
「あの部屋には一体何があったんですか?良ければ教えてください」
「ん?あの部屋に展示されているものこそ、今宵の主役、OMFキャンセラーさ。」
「・・・それは使用されたくないOMFが存在するから作られたモノなんじゃないですか?
元来、日常生活に関する技能修得を目的に作られたのがOMFです。
ロックもかけられてますし、そんな無害なモノにキャンセラーを使用する意味が見受けられないのですが?」
「八刀様、早くついてきてください」
刻の質問に割って入る秘書。
「まぁまぁ与謝野クン・・・・う〜んなかなか鋭い質問だなー・・・・・八刀クン、アルフレッド=ベルナルド=ノーベルって知ってるよね。」
「あのノーベル賞のですよね?確か爆薬兵器を発明した・・・」
「兵器・・か。半分正解だ、キミが詳しく知らないのも無理は無い、なんせもう200年も前の事だからね。
本名はダイナマイトという元々トンネル採掘道具のモノだったんだよ。
その事実がこれまでの長い年月の間で改ざん隠蔽されてしまった。
元来、平和維持、文明の進歩の為に創られたモノが人間の醜い私欲の為に使われた例は多々ある。
このままではいつかOMFもその中の一つになり時代の流れに埋もれてしまうだろう。
・・・ノーベル賞を取りたいなんて言わないが・・・こんなイイ女を他の男共に取られるのがしゃくだった・・・・こんな感じでダメかい?」
そう言い微笑をたたえる山ヶ崎の瞳を刻は見る。
何で・・・・・オレはOMFが嫌いだったんだっけ・・・・・?
「結構です、ありがとうございました。社長のおっしゃる事はよくわかりました、後は、部屋で待たせてもらうんで。
時間取ってしまってすいませんでした。」
「君みたいな面白い記者と出会えて良かったよ、ボクは。今日の12時にはキミももちろんいるんだよね?」
こくりとうなずく刻。
「ボクがIm unsetを捕まえる。そしてキミが撮る。なるべくカッコよく写してくれよ?」
再び歩き始めた秘書に付いて行く刻。
ぱたぱた手を振りその反対方向へ去っていく山ヶ崎の背中
参ったなー
戦意削がれちゃったよ。
PM8:56
オレは・・・OMFが嫌いだ。
なのにあの人を・・・OMFを愛してる山ヶ崎 常二を、オレは嫌いにはなれなかった。
なぁ、せりサン・・・オレはどうすればいい?
あんたを殺したOMFの為にあんなに頑張ってるヤツがいる・・・・
あんたならこんな時どうするのかな・・・
やっぱりOMFの味方をするかい?
・・・・せりサンが答えてくれるワケないよな・・・どっちかって言うと、あんたを殺したのは
オマエダ
うるさい
オマエダ
うるさい
オマエダ
うるさい
うるさいうるさいうるさい
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい
ぷるるrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
「うるさい!!」
呼吸が荒くなっていた。
できれば二度と聞きたくなかった突然の騒音
二度目の警戒ベルに目を覚まされる刻。
いつの間にか部屋のソファで眠ってしまっていたようだ。
また、あの夢・・・・・・
ドアをノックする音が聞こえた。
テーブルの上に置いてあるカメラを持ちソファから立ち上がる刻。
「どうぞ」
現れたのは山ヶ崎の秘書。
「捜査二課の方々が到着されました。」
「・・・オレと一緒みたいスね。」
「そのようで。」
刻は与謝野に連れられ休憩室を出た。
約束の時間まで後3時間