2016年の記録 目次    総目次へ戻ります      非常識の館の入口へ参ります



    もんじゅ廃炉                      2016/12/31          

    働かない蟻                       2016/12/26

  ネイティブアメリカンの伝承より             2016/12/23

  集団的自衛権の行使に憲法改正の必要なし         2016/5/30

  安全保障関連法について分からないことを分かるようにする試み 2016/2/25

  「民疲弊すれば国荒廃し、民豊かなれば国栄える」     2016/2/9

  あり得ない諺                      2016/3/21

  対案をだしなさい                    2016/2/7


  廃棄食品の不正販売                   2016/1/22

    1月5日21時30分頃のテレビから              2016/1/5

    2016年年賀                                          2016/1/1


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もんじゅ廃炉                        2016/12/31

 12月22日の中日新聞朝刊の第1面に“もんじゅ廃炉 後継の実証炉開発へ”という見出しで政府発表の記事が載っていた。廃炉にかかる期間は三十年間で費用は三千七百五十億円以上かかるそうである。複数の問題を抱えていて、次々と事故が起きた現状を考えれば廃炉は当然のことであろう。
 廃炉と同時に決まったのは核燃料サイクルの研究は継続するということである。核というエネルギーを消費しながらより多くのエネルギーを造り出すのは理想的であるが、現在の考え方のままであるならば、過去の公害工場と同じ過ちを犯しているのに気が付いていないようである。普通であるならば、廃棄物の安全性が認められない限り操業を認められないのであるから、核を扱う工場も核廃棄物の安全性が確立されないかぎり発電所の建設は控えるべきである。原子炉の安全性はもちろんであるが、核廃棄の安全性も重要な条件である。
 原子炉の安全性と共に核廃棄物の安全性も議論されるべきである。

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     働かない蟻                      2016/12/26 

 
 NHKのEテレの12月26日のサイエンスZEROに徹底解説!科学の未解決問題ダーウインの進化論という番組が放送されました。前半は「働かない蟻」という題で発表がありました。“ほとんどの種で、多くの巣で働かない蟻が2割から3割いる。”ということでした。このことがダーウインの説に合わないということです。ダーウインの説を知らないのでそうなのだと思うしかありません。

 しかし、ダーウインの説が[環境に適応した種が生き残る]ということであればこの説に合致していると思います。なぜかと聞かれたら「現に生存しているからです。」と答えます。

 働かない蟻が働くことがあるそうです。卵にはカビが生えるので絶えず舐めてきれいにしないと卵は死んでしまいます。雨期などは卵を清潔にしておくために働く蟻は労働をしすぎて、過労死することがあります。当然、卵はカビに覆われます。そのままですと卵は死んでしまいます。そのとき、働かない蟻が働きはじめ卵をきれいにするそうです。こうして、種は保たれてきたのです。働かない蟻は、あたかも、交響楽の長い交響楽で一瞬だけ働き曲の命を支えるシンバルのような存在ではないでしょうか。非常時に備えて働かない蟻を育てたのは、まさに、進化の賜物だと思います。つまり、普段は働かないで、環境の変化に対応して働く蟻がいる種が生き残ったということでしょう。。

 進化の過程を考えてみます。蟻という種が発生したときに、働かない蟻がいたかいなかったか分かりませんが。働かない蟻がいない種は雨期に適応できず絶滅した可能性が高いと思われます。しかも、働かない蟻がいたとしても、働く蟻が過労死をしても。卵をカビが覆っても働かない蟻が働かなかったらその巣は絶滅する率が高いことになります。当然のことですが、雨期に働く蟻が死んだ後に、通常は働かない蟻が卵の世話をする、そういう巣が残りやすいことになります。

 以上のように、働かない蟻は進化の説の一つの証明だと思います。 
 

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   ネイティブアメリカンの伝承より           2016/12/23

 ネイティヴアメリカンのある部族にはこんな伝承があるそうです。「大地を大切にしなさい。大地は親にもらったものでなく、あなたの子どもたちから借りているものなのです。大地は先祖から受け継いだものでなく未来のこどもたちが貸してくれたものなのです。」。(2016/12/22 NHK BS103プレミアムカフェ)

 もらったものであれば粗雑に扱っても責められることはありません。受け継いだものは次の代に譲らないでもよいでしょう。しかし、借りたもの貸してくれたものは返さなければなりませんから大切に扱うことが求められます。未来に対して責任を持つことは大切なことと思われます。処理方法がない原子炉を動かし続けること、未来の大人を育てる努力を惜しみ続けるのは違っているのではないでしょうか。

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     り得ないことわざ                                   2016/3/21

その一

咽から手が出る

 これほどあり得ない言葉はないだろう。

しかし、言い得て妙、欲しい気持ちがどれほど強いかが現わされている。

その二

馬鈴を重ねる。

 人が馬の年をとるなどあり得ないことである、しかし、起きて、食べ、出して、動いて、ねる。このような暮らしだけであれば馬と同じ、世のため人のためになることをして暮らしてこそ人の年をとったと言える。ということで、たいしたことはしてことしなかったと、へりくだった言い方である。

その三

 怒髪天を突く

 人は恐ろしくても毛を立てることはない、しかし、けものや鳥は興奮すると毛を立てる。
見えるような表現で、見事というほかはない。

その四

 目から鱗がおちる

 この諺は説明を聞かないと何のことか分からない。(未完)


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 疲弊すれば国荒廃し、民豊かなれば国栄える」   2016/2/9

 テレビに{御家人斬九郎}という時代劇の番組があります。{追われもの}という題がついた時間で大阪で反乱をした大塩平八郎が江戸へ逃れてくるという筋の番組でありました。
 時代劇はだいたい明治以前のことですから、社会の背骨は論語・陽明学・朱子学で固められているのしょう。

 「民疲弊すれば国荒廃し、民豊かなれば国栄える」という言葉が出てきます。この言葉を解説する必要はないと思います。農業が国の経済を支えていたからということも言えますが民を大切にする人が立派な人と考えられていたのでしょう。

 現代の日本はアメリカ資本主義が蔓延していますからこの言葉を寝言だと思う人が多いのではないかと思います。
 利益を上げることが良いことで、国内の庶民から搾り取れなくなったら、グローバル化と言って外国まで範囲を広げて利益をつかみ取るようなことも行はれているのです。

 徳川時代でも家康のように「百姓は生かさず殺さず」という考えはあったのですが、上杉鷹山のように福祉に力を入れた人を名君として今でも尊敬しています。

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  対案をだしなさい                    2016/2/7

 形勢が悪くなると、首相をはじめ多くの人が口にする決まり文句が「対案を出しなさい。」という言葉である。対案を持たない者にとっては反論ができない言葉のようである。
 首相には、もう一つ極め言葉がある「論理的に・・・」という言葉である。そこで、「代案をだしなさい。」という言葉を論理的に検討することにする。

 原案について、考えるときどれほどの立場があるかということである。
1、原案に全く賛成する。
2、原案の一部に賛成する(大部分でも一部と考える)。
3、全面的に反対する。
 この三つの立場が考えられる。

 、例えば、安保関連法についても、全面的に賛成をした党、付帯決議を付けた党、修正案を出した党、全面的に反対した党があった。それぞれの立場は尊重されなければならないはずてあるであるのにそうは考えない人が多く(政治評論家の中にもいられる。)一方の立場を無視した考えに立つ人が多くいられる。憲法変更案に反対して現憲法を変更する必要なしとする立場は立派な対案であることを理解する。そのぐらいな知性を持ってほしいと望むものである。加えて、そういう立場に立っていることを堂々と明らかにすることも望まれることである。
 自分が変更する必要があると思うから世の中の人は誰でも変更する必要があると思はないはずはない、そんな先入観に縛られているのではないだろうか。

  

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  廃棄食品の不正販売    2016/1/22 

 報道ステーションを見ました。異物が見つかったチキンカツを廃棄しないで安い食品として販売していたということです。
「もったいないことですが、ルールはルールですから。もったいなければ、ルールを替えてからしなければなりません。」
 この言葉を聞いて集団的自衛権のことを思い出しました。そしして、この言葉を安倍総理に捧げたいと思いました。

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    1月5日21時30分頃のテレビから              2016/1/5

 1月5日17時55分から放映された番組U18の中に徘徊防止のセンサーを発明して実用化されているというこです。

 素晴らしい発明と思いましたが、すぐに、不安になりました。徘徊防止の対策は精神的な面から取り組まれて成果を挙げておられます。
しかし、精神的な取り組みは介護者に変わることを求められます。それに対してセンサーを取り付けるのは介護者に変化を求めません。ですから、徘徊の動機は残ったままになります。
 徘徊をしている人のストレスは大きくなるのではないかと心配です。

 徘徊老人にセンサーをつけている施設の方に根本的なことを配慮していただきたいと願います。

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    2016年年賀                                         2016/1/1
 
あけましておめでとうございます
 今年は幸多い年でありますよう祈りおります
一昨年の衆議院選挙の二の舞を踏まないように願いつつ狂歌を一首

 胡麻菓子と
  ワイングラスの
    溢れ酒
   夢中で食べて
      末は病に

  二千十六年元旦


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