04 理由
 
「なるほど。まさかヨシュア殿が反対なさるとは思ってもみなかった」
 クラリスから事の次第を聞き、リーゼもまた難しい顔をしてみせた。
 確かに比較的安全な依頼とはいえ、王国の城壁を越えればそこはまだ未開の地。愛娘を
思えば、目の届かない場所へ送り出すというのは、父親として気が気でないのは分かる。
だが、幾多の戦いを潜り抜けてきた歴戦の騎士が指揮を取ることを考えれば、この上ない
経験を手に入れることができるはずだ。そして、クラリスはなんといっても勇者の娘なの
である。今後の王国の期待を考えれば、出来る限り早めに実戦を経験させておかなければ
ならないこと位、ヨシュアも分かっているはずだ。そんな確信に満ちた作戦が失敗に終わ
ったものだから、二人は頭を抱えずにはいられなかった。
「何故、固辞されているのかは聞いたのか?」
 先ほどまでクラリスが座していた大岩に、今度は二人並んで腰を下ろす。リーゼは半ば
溜め息を吐きながら胸を逸らし、クラリスは反対に俯き加減で頬杖を付いている。
「ダメ。何を言っても『絶対に駄目だ』の一点張り。話しにならないもの」
「何故かな。武道大会の出場は喜んでくれたのだろう?」
 こくりと頷く少女を横目で見て、今度ははっきりと溜め息を吐き出すリーゼ。
「武道大会も刃なしとはいえ、例年負傷者が出るほど熾烈な戦いだというのに。何故、武
道大会は認めて、実戦の遠征には全否定なのか……考えれば考えるほど分からなくなる」
 大岩の上に身を投げ出し、青空を見上げる騎士見習いの少女。作法にも煩い家柄である
から、彼女の婆やがこの場にいたらどれほど嘆き悲しむか知れない。もっとも、出会った
当初のリーゼは騎士の掟に縛られた堅物少女であり、彼女を現在のように柔らかくしたの
は、他でもないクラリスなのであるが。
「ふむ……話しは変わるが、クラリスは何故この依頼を受けたんだ?」
「それは前に言った通り、お父さんに心配をかけないで実戦を積みたかったから……」
「いや、そうではなく、つまり──どうして実戦を積みたいのか聞きたい。やはり、あや
つらに馬鹿にされるのが悔しいのか?」
 リーゼの指すあやつらとは、陰湿な武官の子らのことだろう。しかし、クラリスはその
問いに対して首を横に振ってみせる。
「ううん。確かに馬鹿にされるのは悔しいけど、そうじゃないわ。私は、誰にも負けない
ぐらい強くなりたい。約束を守りたいから」
 瞳を閉じて、リーゼの問い掛けを反芻したクラリスは、深い決意と共に言葉を吐き出し
ていた。
「ねぇ、リーゼ知ってた? 魔族が使う魔法の中には、術者が死なない限り永遠に続く、
呪法という魔法があるって」
「いや、初耳だ。私はクラリスと違って魔法に対しての造詣はからきしだからな」
 生粋の騎士の下に生まれた彼女には、魔法のイロハさえ無駄な学問ということだろう。
そもそも魔法とはつまり魔族の学問であり、人族が探求するべきものではないと王国内の
ほとんどの人間がそう思っている。
 よって、王国にも魔法を学ぶ場所はあるが、一部のごく少数の人間が相対する魔族たち
がよく使う汎用的な魔法の対処法を学んでいるだけの小さな舎《まなびや》に過ぎない。
「私は、その呪いを解呪するために強くなりたい……少し長くなるけど、私の昔話聞いて
くれる?」
 クラリスの真剣な表情を見て、リーゼもまた神妙な顔つきで頷く。
「信じられないかも知れないけど、幼い頃の私はとても泣き虫だったわ。今よりもずっと
身体が弱くて、すぐに喘息を起こして動けなくなってしまうぐらい。だから、近所の子た
ちともあまり遊んだことがなくて、そんなことでよく苛められていたわ。他にもお母さん
がいないことで苛められたり、勇者の娘のなのに強くないって苛められたり……悔しくて
も、私は全然勝てなかった。ううん。女の子が男の子に勝つなんて無理だって、心の底で
諦めていたもの。だから、私は毎日、毎日泣きながら家に飛び込んでいたわ。そう、あの
日までは、そんな辛い毎日がずっと続くと思ってた」


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