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城山八幡宮の境内に入る前を東に行くと、すぐにこの門が見える。
見ての通り、非常にひっそりとした静かな佇まい。
周囲の深い城山の森は織田信秀(信長の父)の居城・末森城の跡地である。
中世平山城の遺構が良好に保存されており、複雑の入り組んだ堅固かつ大規模な城郭の構えが随所に見られる。
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洗心軒の外観は、飛雲閣と詩仙堂を模したというだけあって、御殿風数奇屋建築とでもいうべき、特異な姿を呈している。
一層は簡素な数奇屋造で清々しい切妻屋根であるが、二層は銅板葺の方形屋根、それも金の宝珠(?)を戴く。
ある意味、金鯱に通ずる、極めて名古屋的な建築なのかもしれない。
こんなものが納屋橋の辺りに建っていたというのだから、往時はさぞや人目を引いただろう。
急斜面に造られた人工地盤の上に建てられている為、充分な土地がとれず見るからに手狭で、柵なども安易なものが使用されて
雰囲気に欠けるのは残念でならないが、それでも遣水を流すことも出来る凝った茶庭が整えられている。
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この洗心軒には松月亭と呼ばれる7畳の広間と招月庵と呼ばれる9畳の広間、
それに二階に8畳6畳の二間続きの座敷がある。
左の写真は松月亭の内部である。
老朽化が激しいとはいえ、やはり長い年月によって醸し出される雰囲気の素晴らしさは何物にも替え難い。
まして益田鈍翁も遊んだという豪商の茶席なら尚更である。
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